古代、芸能事は神事だった。
時代の変化とともに芸能は世俗化していき、神々に舞を捧げていた女性たちの中には、後に「遊女(あそびめ)」と呼ばれるようになっていく者たちもいた。
遊びやせんとや生まれけん
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声聞けば
わが身さへこそ揺るがるれ
『梁塵秘抄』
平安時代末期、後白河法皇により編纂された今様歌集、『梁塵秘抄』。
今様とは要するに当時最新の流行り歌、ヒット曲の類と思えば間違いないでしょう。それは主に白拍子などの「あそびめ」たちによって歌い、舞われたもののようです。源義経の恋人、静御前も白拍子でしたね。
ここで歌われる「遊び」とはなにか?もちろん子供が無邪気に遊ぶ姿を歌っている部分もあるのですが、文字通り「あそびめ」が歌う遊びでありますから、そこに込められた深い意味、そしてそこはかとなく漂う「哀しみ」。
それは神々に仕える身であった者が零落していく哀しみなのか。
BABYMETAL{Catch Me If You Can}
HEAVY METALというものは「激しさ」だけではなく、そこに「美しさ」と「哀しみ」がなければならない。
BABYMETALのサウンドはもちろん激しい。バックバンドの演奏レベルは格段に高く、彼女たちのダンス、及びボーカル・パフォーマンスのクオリティの高さは特筆に値する。そこには間違いなく、少女の聖性を伴った「美しさ」がある。ファンはそこに、ある種の「背徳的」な恍惚感を感じているのかもしれぬ。それこそがある意味
「哀しみ」
なのかもしれぬ。
BABYMETALが「あそびめ」だなどと言いたいのではありません。ただ古代より連綿と受け継がれてきた芸能に携わる女性たちの哀しみ。その背徳性。それはかたちを変えながら現代にも受け継がれており、我々はその哀しみを、BABYMETALのパフォーマンスに見るのかもしれぬ。
「激哀美」はHEAVY METALの三大要素。BABYMETALはこの三大要素を正しく持ち合わせている。
素晴らしいです。素晴らしいけど、なにやら複雑な感情がわいてくるのは、
私だけだろうか......。