黒い影
阿部知二(1903-1973)
京都の大学で文学を教える今里辰作は、旧友と飲み明かした晩に、ふと黒い影に脅かされる。その影は、徴兵され、戦地でハンセン病を患って帰国し、「癩園」に隔離されたはずの教え子の廣村ではなかったか……。
伝染病への差別を恐れて、家族は離散。廣村の若い妻志麻も、独り東京に出て暮らすが、やがて今里と志麻は慕い合い、二人は黒い影に怯え始める。
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やや背徳感を匂わす恋愛を絡めた筋立ては、一見、戦争の悲惨や社会の矛盾への糾弾とは真逆の方に進むように思われるが、綴られる登場人物のリアルな心情の吐露こそが、読者の目を、捉えるべき対象に正確に導いてくれる。そう思った。
併録の「おぼろ夜」は、戦地を経験した復員大学生が、思弁のゆえに女学生を殺してしまう話。当時の歪んだ思想性に対して成す術を持たなかった社会への痛烈な批判というところか。
2021.3.21読了
新潮文庫
昭和25年11月25日初版発行
昭和30年6月15日9刷
旧仮名遣い
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