再読のための覚え書き
無事の人
山本有三(1887-1974)
戦争が激化し始めた頃、宇多は、海岸近くの宿に逗留していた。
頼んだ「あんま」が腕のいい人なので、素性を聞くと、失明する前は大工だったという。
やがて、宇多はそのあんまの為さんと馴染みになり、為さんは自らの波乱に満ちた境遇を語り始めるのだった。
「おかしな話ですが、仕事に身を入れると、ちょいちょい無事でねえことが起こるんですよ。わっちゃあ、無事なんてえものは、なんでもねえこった。欲せえかかなきゃ、ひとりでに、そうなってくんだ。こんなこたあ、わきゃあねえと思ってましたが、どうして、どうして、こんなむずかしいものはござんせんね」
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不幸続きの為さんに、禅寺の和尚が、「無事の人になれ」と言う。作品の中ではその意味について触れていないが、禅宗における「無事是貴人」とは、「どんな境遇にあっても、あたりまえのようにこなしていける人こそが貴ぶべき人である」ということなのだそうだ。
山本有三は、その代表作の「路傍の石」の印象や、または子供向け教養書に携わったことから、もし少年少女文学の作家と思われている向きがあるとしたら非常に惜しい。
特にこの「無事の人」はぜひ手に取ってほしい小説だと思う。
2022.2.18読了
無事の人
新潮文庫
昭和29年6月5日初版発行
昭和31年6月10日5刷
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