自分の中では、大内菱と鴨神社の家紋との関係に結論が出ました。
当初、多々良姓大内氏の家紋と鴨神社のそれとは全く関係がない!
14世紀後半頃から鴨神社の菱紋を使用するようになった。
鴨神社が百済の聖明王妃を祭ってあり、多々良姓大内氏の祖先が渡来系民族という共通点はある。
大内氏が鴨神社にあやかって家紋を拝借した。
乱世戦国の世を生き抜くために、鴨神社の恩恵を拝借した。
仮説ですが、以上の推察をしています。
このように考察してみると、
鴨神社で使用している家紋を、大内氏の大内菱と呼称していますが、この名称は変更されるのが適切ではないかと思っています。
鴨神社の方が歴史が古く、大内菱と称していたのでは、世間に誤解を与えてしまう恐れがあります。
家紋業界の関係者の方々には名称の変更も含めて、研究と検討を切にお願いしたいです。
今度は分かる範囲で、某家の蔵に描かれている菱形の家紋と三年寝太郎さんのモデルとされている家系との因果関係を考えてみたいと思います。
個人情報が含まれるので個人を傷つけないよう細心の注意を払いながら、いろいろな角度から推察していきたいと考えています。
当初、多々良姓大内氏の家紋と鴨神社のそれとは全く関係がない!
14世紀後半頃から鴨神社の菱紋を使用するようになった。
鴨神社が百済の聖明王妃を祭ってあり、多々良姓大内氏の祖先が渡来系民族という共通点はある。
大内氏が鴨神社にあやかって家紋を拝借した。
乱世戦国の世を生き抜くために、鴨神社の恩恵を拝借した。
仮説ですが、以上の推察をしています。
このように考察してみると、
鴨神社で使用している家紋を、大内氏の大内菱と呼称していますが、この名称は変更されるのが適切ではないかと思っています。
鴨神社の方が歴史が古く、大内菱と称していたのでは、世間に誤解を与えてしまう恐れがあります。
家紋業界の関係者の方々には名称の変更も含めて、研究と検討を切にお願いしたいです。
今度は分かる範囲で、某家の蔵に描かれている菱形の家紋と三年寝太郎さんのモデルとされている家系との因果関係を考えてみたいと思います。
個人情報が含まれるので個人を傷つけないよう細心の注意を払いながら、いろいろな角度から推察していきたいと考えています。