170120 弁護士のあり方 日弁連のある懲戒審査受理ニュースを見て
今朝の毎日は一面に、再び東芝の問題を取り上げ、米原発事業の損失額が最大7000億円に上る可能性などを指摘していましたので、15年の会計不正処理で調査を行った第三者委員会の問題を取り上げようかと思って、ウェブサイトで情報を確認しようとしたら、見出しのニュースが午後一番で流れていました。
同じように弁護士が関与する弁護士倫理(あるいは業務の公正さ)に係わる問題ですが、懲戒審査の方が従来の弁護士会の対応には見られなかったこともあり、私なりの視点で書いてみようかと急遽、事実関係もわからない状況ですが、タイピングを始めました。
毎日記事(共同配信)を基に弁護士懲戒制度にそって、経過の概要を述べます。
1 アダルトビデオへの出演を拒否した女性に対し、所属事務所が違約金約2400万円の損害賠償を求め訴え提起
2 15年9月、東京地裁判決は「意に反して出演を迫っており、契約解除のやむを得ない事情があった」と請求を棄却し、確定
3 女性らとは面識のない第三者が、第二東京弁護士会に、原告となった事務所代理人の弁護士の懲戒請求
4 16年3月、同弁護士会は懲戒しない決定(懲戒委員会による審査不要の決議)
5 同年12月、日弁連の綱紀委員会は「多額の賠償を請求した提訴は、ビデオ出演を心理的に強制する効果がある」として同弁護士会に懲戒委員会による審査を求める決定
この日弁連決定に対し、<弁護士は「提訴を理由に懲戒処分されるのであれば、弁護士は依頼者次第で受任を避けるようになりかねず、国民の裁判をする権利が侵害される」と話している。>とのことです。
たしかに当該弁護士の弁解は、多くの弁護士もおおむね同様の見解をもつかもしれません。第二東京弁護士会も事前審査手続きに相当する綱紀委員会において懲戒委員会の審査が必要かどうかを審議して必要なしと決議しているのですから、そのような理解だったのではないかと思います。
仮にこの種の訴訟が問題となるとしても、被告となった女性から不当な訴訟提起として原告となった所属事務所を相手に、不法行為による損害賠償請求を提起されることはあり得るのですが、それも裁判を受ける権利が憲法上保障されていることもあり、不当訴訟の要件が厳しいため、容易に請求が認められないのが実態です。まして訴訟提起を代理した弁護士が懲戒の対象となることは、今までは考えられなかったかもしれません。
訴訟事件の中身自体、判決内容を見ないと分かりませんので、これだけの記事でいろいろ議論するのは適切でないことを承知の上で、ここから私なりの考えを書いてみたいと思います。
記事で指摘されている事案では、アダルトビデオへの出演拒否を違約として訴訟を提起し、判決内容も契約解除と指摘していることから、出演に関する契約が成立していたと理解できます。また判決は、「意に反して出演を迫っており、契約解除のやむを得ない事情があった」と指摘しているのですから、被告から契約解除の主張があり、意に反する出演を迫ったことが解除の正当性として認めています。その限りでは、通常の契約違反か解除の正当性かを争う通常の民事紛争ともいえ、訴訟提起を引き受けた弁護士に問題があるとは一般にはいえないと思います。
しかし、出演するのがアダルトビデオであり、その契約者に意に反して出演を迫ったこと、記事では明確になっていませんが、弁護士の弁解が「依頼者次第で」という表現からすると、暴力団ないしはその関与する組織ないしは構成員が依頼者である可能性もうかがえます。むろんそのような組織でなくても、暴力や脅迫を背景にして出演を事実上強制することが持続的に行われている依頼者であれば、問題でしょう。
実際、アダルトビデオの制作は、暴力団など違法な組織の資金源の一つになっているとも言われております。他方で女性に対する暴力防止、被害対応の面から警察庁なども被害防止に努力しているのではないかと思います。
それだけでなく、違約金が2400万円という金額は、違約金として異常です。契約により意に反する行為を事実上強制するに等しい性質をもちかねない金額ではないかと思います。
そして日弁連の綱紀委員会が所属弁護士会の懲戒委員会による懲戒審査が必要と考えたのは、契約の債務がアダルトビデオの出演であること、それが強制にわたる被害事例が少なくないこと、当該事件においても意思に反する要求があったことを当該弁護士が依頼を受ける時に認識することが可能であった疑いがあること、訴訟で請求した違約金の金額が異常に高額であり、それ自体事実上の強制を求める可能性があるおそれがあること、などを指摘できるのではないかと思います。
このような場合弁護士としては、契約書があればそれに基づきどのような請求でもできるということではなく、公序良俗に違反するおそれがあるか否か、弁護士倫理に反することがないかどうか、虚心坦懐に自らに問うて、事件処理に当たる必要があるのだと思います。
私自身、あまり弁護士倫理について考えたことがないので、偉そうなことはいえませんが、少なくとも普通の人がおかしいと思うようなことは避けるべきだと思うのです。できればより前向きに高潔であることだと思いますが、そこは人間ですので、業務の公正さを疑われないといった基準で対処する程度でがんばるというのが実際のところです。
で、長々とこの懲戒事案を取り上げましたが、私は20年以上前カナダで初めて知ったSLAPP訴訟という問題に関心を持ち、カナダで起こった森林破壊により先住民の権利を侵害した会社を相手に、少数の大学生が始めたボイコット運動が全国的に広がり、困った企業側が対抗手段として、そのボイコット運動を禁止する仮処分申立を行ったケースについて、「先住民問題カナダの日系企業ボイコット運動が示したもの」のタイトルでSLAPP訴訟として紹介したことがあります。
その後わが国でも住民側の事件をやっていく中で、企業側から、たびたびその種の仮処分や損害賠償請求訴訟を提起され、アメリカの立法例のように反SLAPP訴訟の法制度化の必要性を感じたこともありました。といって、企業側の弁護士自体を問題にする意識は起こりませんでした。
このAV出演拒否に係わる事案は、SLAPP訴訟とは趣旨を異にしますし、やはり事案の内容によっては弁護士自身が問題にされてもよいのではと思っています。いずれにしても所属弁護士会の懲戒委員会が事案の内容を精査して、適正に判断することを期待するとともに、裁判を受ける権利とも関係する特異な事例ですので、できるだけ情報開示をして懲戒の該当非該当の結論を公表してもらいたいものです。
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