190429 日本橋高島屋 <森まゆみ てくてくまち再見>を読みながら
今朝はある事件の医療記録の整理をしていて、少し煩雑だったことから、気分転換に小田井堰を歩きました。大畑才蔵考などとブログに書きながら、遠目では見ていましたが、近くまで行ったのは初めてでした。ただ、立入禁止の表示とチェーンが張られていて、間近に近く付くことはできませんでした。
代わりに、紀ノ川の河川敷に降りて、砂利が滞積する大きな河原、さらに小さな流れに残った石伝いにちっちゃな中州までいって、正面から小田井堰を見ました。今年の大畑才蔵ネットワーク和歌山の歴史ウォークは小田井堰からのコースになりそうです。そのときは小田井土地改良区のYさんに解説してもらおうかと思っています。
その河原にもいくつかのきれいな野草が咲いていて、今日の花言葉に選ぼうかと思いましたが、まだ事務所の花シリーズ?が始まったばかりなので、もう少し続けることにしました。
今日はヘリオトロープです。小さな花弁ですが、元気で長く咲いていて、結構いいです。さっと枯れてしまうのも可憐かもしれませんが、長く咲き続ける元気印もいいです。さて<ヘリオトロープの花言葉>によると、<「献身的な愛」「夢中」「熱望」>が花言葉だそうです。名前の由来も<花言葉の「献身的な愛」は、太陽神アポロンに恋をした水の精クリティが、ヘリオトロープに姿を変えたというギリシア神話>からきているそうです。太陽神アポロンを仰ぎ見続けたとのことですが、それくらい強靱なのかもしれません。
さて今日のお題ですが、簡単にまとめようかと思います。毎日朝刊<週刊サラダぼうる・森まゆみてくてくまち再見 日本橋高島屋 増改築で風格高く>で、日本橋高島屋が2009年に日本の百貨店で初めて重要文化財に指定されたと紹介されています。
その理由は<重文指定に関わった後藤治・工学院大理事長が高島屋史料館TOKYOでのセミナーで語った。
「各地のデパートを見て歩きました。デパートは営業し、客が入る場所ですから増築が多い。それもどんどん雑になるのが通例。高島屋の場合、当初の建築も優れているが、増改築もレベルが高く、元の建物と一体となって品格を保ち、価値を増しているというのが、指定の決め手になりました」>
当初は<33年に新築した時はコンペで当選した高橋貞太郎(1892~1970年)の設計>で、<戦後、改修をしたのが村野藤吾(1891~1984年)>で、<2人の仕事が不可分なものとして価値>があることが指定理由とのこと。
でもこれでは中身がよくわかりませんね。森さんは建築が専門ではなかったのではないかと思いますので、<京都工芸繊維大の松隈洋教授>の話でしょうか<7、8階の増築は高橋案を生かして黄土色の古典的なスタイルにし、その下3階から6階までガラスブロックを積み重ね、明るさとモダンさを出している。あそこに蛇みたいな愉快な意匠が挟まっているでしょう。あれも面白い>というところに多少、意匠面でのユニークさと価値が認められたのでしょうか。
これでは日本橋高島屋のよさがやはり分からない。私は日本の百貨店の中で最も好きなのがこの店です。といってもそんなに多くの百貨店を行脚したわけではないですし、ここ20年くらいはたぶん行ったことがないと思います(難波とかでちょいと買い物がある程度です)。私が通っていたのはバブル期前後の90年ころでしょうか。日本橋三越や銀座三越、新宿伊勢丹などいくつかの店を時折訪れていましたが、やはり日本橋高島屋はとても落ち着くいい雰囲気をもっていました。正面階段を上がるときが気分よく、そのときの周囲の落ち着き、2階に並んだ店舗の気品みたいなものがすてきでした。むろん店員さんの何気ない対応も心安らぎました。こんな感覚を日本で味わうことができたので、海外に出かけていっても、どんな店に入るときもさほど気後れすることがありませんでした(まあ、どうでもいいことですが)。
それは建物がもつ全体の雰囲気、松隈氏が指摘するような意匠デザインなど、豪華を競うこともなく落ち着きをもった品の良さを感じさせ、店内を歩く顧客層も雰囲気に馴染んでいたように感じます。2000年代に入りショッピングセンターといったものが各地で増大し、そういった雰囲気は消し飛んでしまいました。そこには建築家の魂というか、心意気といったものはうかがえません。商品は多様で多種大量、サービスも多様かもしれません。しかし、そこには私の落ち着くような雰囲気や場所もなかなかありません。高齢者のぼやきになりました。
ぼやきはほどほどがいいようで、今日はこの辺でおしまい。又明日。
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