本日は朝礼のスピーチ当番でした。平成20年度の締めくくりということで、当初から「寄付文化」をテーマに話をしようと考えていた。しかし、上手くまとまらないので、「手湿疹の悩み」にテーマを変えようかとも思ったが、通勤の途中、歩きながら考え、当初の予定どおり寄付文化についてスピーチを行った。
民主党小沢代表の秘書が政治資金規正法違反で起訴されました。政治と金の問題を巡って、いろいろな世論が巻き起こり、小沢さん自身が、企業・団体献金をやめて、個人献金だけにすればいいじゃないかとの発言がマスコミに取り上げられていました。
しかし、実際には個人献金といっても、日本の政治家にとって、年間に数件程度の実績しかなく、これが「日本には寄付文化がない」との発言に現れているのでしょう。
アメリカのオバマ大統領は、テレビカメラの前で「イエス ウィー キャン」や「チェンジ」と叫んで、インターネットを通じて個人献金を何億円も集めたそうです。あの熱狂的な盛り上がりは記憶に新しいところです。
しかし、公的資金の注入を受けても幹部が数億円にものぼるボーナスを受け取るような個人主義の国の寄付文化って、いったいどんなもんだろうと考えてしまいます。
大雑把に乱暴にまとめると、「金を払うから俺の期待にしっかりとこたえろよ」というような契約に基づいた、見返りを求める寄付文化のようにも見えます。これは全く悪ではないのですが、一方ドイツにおいては、老舗プラモデルメーカーが倒産すると言うニュースに「僕のお小遣いを寄付するので使ってください」と言うような手紙がたくさん寄せられているとのことです。
前者は期待が寄付の動機となっていますし、後者は夢や希望を与えてくれた会社の危機を何とかしたいと言う気持ちがこもっています。
この2つの事象を見ても、寄付を集める要素には、「夢」「希望」「期待」が欠かせないようです。私達の団体も会費や共同募金を財源として法人を運営しています。
しかし、最近では町内会費から一括納入されるところも増加傾向にあり、会費や募金を払っていることを知らないでいる人も多いのかもしれません。
いずれにしても、会費や寄付を受けている私達の団体はある意味で、「夢」や「希望」「期待」と言ったものを売る商売なのだと言うことができるのかもしれません。
PS:この文書は実際のスピーチに若干、言葉を付け加えております。