建設的なコメントを頂きました。
このブログはその回答です。
コメントの内容は
① 患者側の不安を解消するQ&AコーナーがHPにほしい。
② ブログ自体もっとしっかりした文章を書いて欲しい。また治療に関する内容、不安を解消する内容を書いて欲しい。
ということです。
①に関して、ホームページにはFAQという形でQ&Aを載せております。
ですが新しいメニューに関しては更新が追いついていないのが現状です。
②に関して、大変申し訳ございませんが、ブログで「医療相談室」的なことはするつもりはありません。
患者さんからは「そのくらい」と思われるかもしれませんが
コメントの質問に答えるだけでも、30分くらいかかる時もあります。
やはり治療に関する不安や疑義は受診して解消するべきだと思います。
それだけ医師は(少なくとも私は)患者さんと相対する時は
真剣勝負というか精神統一して臨んでいます。
ブログではあくまでも「さわり」しかご紹介できません。
ブログとしても中途半端
という御指摘には納得しております。
おそらく「続く」の使い過ぎや
飲み会でも「おいおい、一体どうしたんだ?」とか言われてしまいそうな
「博愛」とか一般的には大仰なことを
ちょっとしたことから気づくことが多くあります。
それを書き出すと大変長くなってしまうため
数回に分けたりしているうちに、続きを書くのを忘れたり
話題が古くなってしまい、そのままになっているケースもあります。
御指摘の「セザンヌ主義」の話は
当時車椅子の某スタッフに心の栄養を与えてあげようと
横浜美術館で開催されていた「セザンヌ主義」に連れて行った時のことなのです。
続きを書こうとしているうちに
セザンヌ主義の展示も終わり、スタッフも歩けるようになり
その時のことを慌てて書く必要がなくなりました。
この時もそうですが
絵よりもバリアフリーではない都市づくりに驚いたわけです。
田舎にこもって自分の絵を追求したセザンヌは
まさか遠い異国の日本で大々的に展示されるとは今でも思っていないことでしょう。
車椅子で苦労しながら見に行く姿をセザンヌはどう思うのでしょうか?
さらに、全然関係のない出雲大社の写真を載せたのは
たまたま逆光の写真があったから使ったのですが
「光と影」と
世の中の現象の「裏表」をイメージとして表現したまでです。
というわけで「タイトルがどうしてセザンヌ主義?」と考えて欲しかったわけです。
かの司馬遼太郎は
「短篇小説を書くというのは、空気を絞って水を滴らすほどのエネルギーがいる。」と仰っておりました。
たかだか私のブログごときで司馬さんを持ち出すなんて
僭越どころか不遜ですが
ちょっとしたコメントに答えるだけでも
(診療をいくつかはさみましたが)
約2時間半ほどかかってしまいました。
これからまたドドンと患者さんが続きます。
(だから休憩はないのです
)
本当にメソセラピーに関心があるのであれば
受診して下さい。
あなたに回答すると皆さんに回答しなければならなくなります。
私は不公平ということは好きではありません。
御了承下さい。