とても元気な75歳男性の話です。
一昨日夜に転倒して右胸部を強打。一晩我慢したのだけれど、右肩の一部がボコッと腫れて痛かったので昨日整形外科を受診。
「右鎖骨亜脱臼」と診断され、安静を指示されたのだけれど・・・その時に何枚もレントゲンを撮られて、ぼそっと「肺が縮んでいるなぁ」と言われたのが気になる と、本日我が医院を受診されました。
元気な方で、年に数回予防接種や健診に来院されるくらいで、普段は何の治療も受けておられません。
健診でも異常が見つからない少数派の75歳男性。認知症も全くないです。私が嘱託医をさせていただいている発達障害児の福祉法人の施設長を長年務められている、尊敬する先達です。
顔色も良くて、息切れもされておらず。パッと見では何の異常も認めませんでした。
肺が縮んでいるってと言われると真っ先に気胸、その次に間質性肺炎を考えます。息苦しくないですか?咳は出ませんか?と聞いても息苦しさの自覚無く、咳も胸痛もありませんでした。パルスオキシメーターで測定できる動脈酸素飽和度SPO2も96%と正常値。
ふうむ まずはレントゲン撮りましょうか。
撮ってびっくりしました。
白黒反転すると
向かって左側が右肺なのですが、その右肺が、小さく縮んでいるのが分かるでしょうか
この、一番右の状態になっています。
CTを撮ったとしたら、多分こんな状態なのでしょうね。(ネット上で見つけた違う方の右気胸の胸部CT画像です:自院症例は、もっと肺が縮んでいるから、より重症)
呼吸音を聞くために聴診器を当てたら、確かに右側の呼吸音は全く聞こえませんでした。(診察の順序が違うだろうって???確かにそうですね でもまあ、そんなものでございます!)
やはりというかなんというか・・・右重度の気胸です。気胸は第一候補だと思っていましたが、こんなにひどいとは全く予想していませんでした。
ですが、現状で呼吸障害が無く、このまま悪化しないのであれば、経過観察でも良いのではとも考えましたが、悪化しない保証がありません。その上、明日は日曜日です。
悪化すると、緊張性気胸と言って、心臓を押しやって循環動態に悪影響を来して、命にかかわる可能性もあります。
そうなっては困りますので・・・やはり入院しかないかと、当番病院に入院させてもらえるか当たりました。
暫くして返答がありました。「Ⅲ度の気胸なら、救急車で至急来院してください」との事でした。救急車??うーむ、救急隊の手を煩わせるほどではないのでは??
Ⅲ度の気胸ではありましたが、呼吸困難感もなく、2日安定して経過しており、早急に進展悪化する可能性は低いと判断、来院されたときと同じく、家人の運転する自家用車で紹介状を持って受診していただくことにしました。勿論、可及的速やかにとは言いましたが!!
気胸は、肺のパンクです。タイヤのパンクの修理は穴にパッチを当てますが、肺のパンクの場合、周囲に漏れた空気を抜いているうちに勝手に穴が塞がることが多いです。勿論、穴が大きい場合は穴にパッチを当てたり、穴を縫い縮めたりすることもありますが・・・
多分、今現在は入院されていて、漏れた空気を抜く治療をされていると思います。それで、肺が広がっていけばこのままで良いのですが、肺が小さいままだとパンクの穴が大きいと判断して穴をふさぐ手術を考えます。
入院された直後の治療では、これくらい重度の気胸だと、肺の無い自由な空間が広いので、カテーテルを胸腔内に入れる時に肺を突き破ってしまう可能性は殆ど無くて、治療自体は簡単です。ただ単に胸にドレーンチューブを突き入れて、パンクした肺から漏れ出てくる空気を抜くチューブを入れて空気を抜くだけです。中途半端な気胸だと、ドレーンチューブを突き入れた時に、肺を傷つける可能性がありますが、今回の様な重症の場合は、肺に当たる可能性は殆どゼロです。先ほども言ったように、空気を抜くだけで自然に穴が塞がらない様であれば、穴をふさぎに行くこともありますが、それは数日経ってからの事です。当初は重症の方が治療開始は楽なのであります。
多くの場合、こんないかにも破れそうなシャボン玉みたいな「肺嚢胞」と呼ばれる薄い膜の空気袋が破れて気胸が起こります。
小さなきっかけで、またはきっかけ無しに、破れやすい空気袋が破れて起こる気胸を自然気胸と呼びます。
交通事故などでろっ骨が折れて、肺を突きさしてパンクしたり、ナイフで胸部を刺されて肺がパンク などのきっかけで起こる気胸を外傷性気胸と呼びます。
今回の気胸は、胸部打撲をきっかけに出現したので、外傷性気胸に分類されるのでしょうが・・・破れやすい所があったのかもしれませんね。骨折などで肺に鋭利なものが突き刺さったのでは全く無さそうです。
それにしても、医者が3人関わったわけですが、気胸に対する危機感の違いが露になりました。
整形外科の医師は、「肺が縮んでいるなぁ」でおしまい
私(一応呼吸器内科出身の開業内科医師)は、このまま落ち着いていたら自宅安静でも良いのだけれど、その保証もないし、明日は日曜だから入院してもらいましょ
救急も担当する呼吸器内科の若手医師 一刻も早く、救急車で来院してください。
救急も担当する呼吸器内科の若手医師 一刻も早く、救急車で来院してください。
教科書的な正解は、救急車での早急な入院なのだと思います。でも、現実には、いろいろな選択肢があって・・・・どれが正解なんて言いにくいです。勿論、人命第一なので、「肺が縮んでいるなぁ」で終わらすのはどうかと思いますけどね。しかし、病気を抱えた上での通常生活の維持も私には出来る限り維持したい大きな命題です。
何はともあれ、今回は、入院していただいて、一安心しています。
気胸、今回の様に胸部を打撲した後に起こる事もありますが、何のきっかけもなく突然発症することもあります。
突然片側の胸部に違和感や胸痛(大きく息を吸った時など)を感じたり、動いた時に息切れを感じたりした時には、呼吸器内科を受診してください。 自然気胸は、やせ型の(身長の高い)20歳前後の男性に特に多く出現します。胸部の違和感と息苦しさを感じたら、迷わず呼吸器内科へ!!
呼吸がおかしい は、命に直結することが多くあります。気胸も、両側に起これば死亡に繋がる可能性が高いですし、片側でも緊張性気胸は危ないです。
息がしずらい、息が苦しいと感じたら、胸が抑え込まれるような圧迫感を感じたら、たとえ空振りに終わっても、119番で相談した方が良いと思います。 診療時間内ならかかりつけ医に相談を!そうでなかったら救急に電話してください。