まちみちふうけい

間もなく10年目も通過点

No.1342 備前の旅(8)・・・廃線跡巡り、旧片上鉄道~その4

2020-06-06 22:11:12 | 旅行記
よろしくお願いします。














昨年末に岡山の美作~備前方面を走った旅もついに半年仕事になってしまいました、残りまだ後2、3回は費やすと思いますがとりあえず今回分です、早速行ってみることとしましょう。
前回は山間部の小さな集落にあった川本駅跡までやって来ました、吉井川と国道374 号線に沿ってある自転車道を進んでいるわけですが、風景はほとんどが山と川、途中にわずかばかりの集落と言った感じ、しかしだんだんと和気へと近づいて行ってます。次にたどり着いたのは天瀬駅、元は列車の行違いができる駅だったらしく、サイクリングの休憩所と言う感じで残された駅舎の雰囲気からして線内では大きな駅だったとうかがえる。それにしても上の写真を見てもお分かりのように、昼に差し掛かっていい天気になってくれたなあ~。昨日は雨のため出発時間を遅らせ、走り始めも明石からと予定変更した、夕方には細かい雨に見舞われて、宿泊地の姫路に着いた時は結構水滴に濡らされた。今朝もホテルを出るときは曇っていたし、車窓から見る景色も雲が流れていて心配しっ放しだった。美作からの走り始めの時は青空がチラリと見えるくらいでまだまだ曇り空、一時は強烈な向かい風に行く手を阻まれかけたが、今はそんなことも忘れさせてくれるくらいに空には青さが広がっている。降り注ぐ陽光に寒さも左程感じない、後はこのまま日生まで、この天気がもってくれることを祈るだけだ。




















空の青さにお地蔵様もご機嫌な様子、やがて自転車道は吉井川から離れて平坦な部分へと入って行く。田園風景の中を進んで次の駅は益原駅、地図サイトで確認したのではこの辺りかな、と思った場所には駅名表示板が立っている。その後ろにはドームの様な建物があり、この一帯は市民の憩いの場となっている。公園の一角には写真にあるように貨物列車の貨車が1両だけ線路の上にポツンと、その横にはには昭和の遺産と言った感じの腕木式の信号機が立っている。今の子供どころかいい歳した自分(一人称)でさえもこの信号機には馴染みがない、係員さんが梯子を上って列車が行き交う旅に信号機を手動で操作していたのだろうか。
もうこの辺りに入ると起伏のない道、だんだん民家も増えてきて和気の中心部もそろそろ近くなってきた。やがて自転車道の傍らに立つ次の本和気駅の駅名表示板へとたどり着く、その横にはこの駅の歴史を示す案内板も立っている。周辺はまだ町の中心部と言った感じではないが、駅名に本がついていると言うことはかつてこの場所が町の中心部を担っていたと言うことか。地図を見ると吉井川には向こう岸と渡る橋が架かり、町は東から流れてくる川の合流地点となってこの辺りは三角地帯になっている。元は町の中心部だった所が川の南に鉄道が通り駅ができたために、その座を譲ってしまったと言うことだろうか。本和気駅から先へ進むと旧街道の雰囲気が漂う町並へと入る、廃線跡は真っ直ぐ続いて行くが、ここでは登録有形文化財巡りの目的があるのでちょっとだけ道を逸れることに、しかしその目的は残念な結果となってしまいます、その下りについてはまた別項にて・・・。












和気の町並を巡ってJR和気駅前へとたどり着く、思えばもうはるか昔のこと、自分(一人称)がまだ乗り鉄をやっていた頃、この駅へとやって来てここから片上鉄道に乗り換えて片上駅まで行ったことがあった。もちろんその頃の記憶はほとんどはっきりとしていない、どんな車両に乗ったのかどんな風景だったか・・・、ここはその時の記憶を呼び戻すよりも、初めてその風景を見るような新鮮な気持ちで行ってみることとしよう。片上鉄道の和気駅はJRの南側にあったが、そちら側へは地下通路を渡ってたどり着く、wikiによると駅の南側の整備されたロータリーは元は片上鉄道の貨物ヤードがあった場所となっている、ああ~、その光景はわずかに憶えている気がする・・・。ここから先も自転車道の表示に従って進んでいく、その道端には小さなキロポストの表示の跡、確かにここに線路が敷かれていて列車が走っていたことを表しているが、その場所を自分(一人称)が乗っていたこととなると、やっぱり思い出せないや。しばらく先へと進んで行くと目の前には山が現れてくる、だんだんと海に近づいているのだがこの先は山越えが待っている、その模様についてはまた次回でのお送りとしておきましょう、今回もご覧いただきましてどうもありがとうございました。            まちみち