不登校の息子とビョーキの母

不登校の息子との現在、統合失調症の母との過去

働いたら負けなのか

2018-10-23 11:05:23 | 日記
不登校の息子がよく言っていた言葉に、『働いたら負け』というのがあります。
あるニートの人がテレビのインタビューで言った言葉らしいです。

ちなみに高3の今はめっきり口にしなくなりました。
センター試験にも出願しなかったし、就職活動をしているわけでもないようですが、
将来どうする気なのか知りたいものです。

私が一切口出ししなくなったので、言い訳する必要もなくなったということでしょうか……。

ただ『働いたら負け』という言葉には、一理あると思います。

もちろん息子に働いてほしくないということではなく、人並みに就職してほしいし、
それが無理でもバイトくらいしてほしいです。

ただそれはあくまで世間体がいいからであって、働いたほうが幸せだとか、
働く人が「勝ち組」だと信じるからではありません。

私が心の一方で「働いたら負け」という言葉にうなずけるのは、
今の社会が「頑張れば頑張るほど搾取される社会」だと感じているからです。

パート先の倉庫で、梱包部門の私たちは、ピッキングや棚移動の部署へと毎日たらいまわしにされています。
手作業だった梱包に機械が導入されて、人手が大幅に余っているのです。

私たちはどうでもいい暇な仕事をさせられて時間を持て余しているのに、ピッキングの現場では
「残業にご協力をお願いします」とリーダーがメガホン片手に声をからしています。
仕事があるならやらせてくれればいいのに……。

いい年をしたオバサンたちを再教育して働かせるより、
すでに仕事を習得している人を残業させたほうが効率がいいとの考えなのでしょう。

同じ給料をもらうのが申し訳ないような簡単な仕事もさせられますが、
だからといって「得をした!」と喜ぶ気分には全然なれず、
自分が無用の人間になったような物寂しさを感じるばかりです。

邪魔者扱いに耐えかねて自分から辞めた人もいます。

一時間に何個梱包できたかの実績が毎週貼り出され、職場の雰囲気はぎすぎすしています。

生産性がいい人の胸中はどうでしょうか。自尊心が満たされると同時に、
「私ばっかり必死に働いて、暇そうにしてるオバサンたちと同じ給料って、どういうわけ?」
と思っているのではないでしょうか。

生産性の低い労働者を締め出しているのは、生産性の高い人たちなのです。
皮肉なことにそれが自分たちを過労に追い込んでいるとも気づかずに……いいえ、気づいてはいても、
リストラ候補に回されるのが怖くて手を抜けないというのが本音かもしれません。

もしかしたら息子は、
「このまま社会に出たら俺も否応なく『無用の者』に分類されてしまう。そんなのイヤだ!」
と、怯えているのかもしれません。