ちいちゃんのひとりごと

ちいちゃんのひとりごとを勝手気ままに書いています。

母には何を言っても無駄!

2020年06月27日 | 介護
母には何を言っても無駄でした。
一所懸命分かりやすく説明してもダメでした。
服は腎臓にペースメーカーが入ると寝たっきりになり、紙おむつをかわれると思い込んでいます。
普通の生活が出来ないと思い込んでいます。
何度も分かりやすく説明はしましたが、無駄でした。
最後に言ったのはそんなに言うならしてあげるわよ!
ですからね。
私もとうとうキレて、倒れても、打ち所が悪くても知らないよ!
救急車も呼ばないよ!
ですからね。
出掛けてもお使いに言っても心の角で心配していたことはバカみたいでした。
実母であればこそ心配していたのに、バカをみた思いです。。
ペースメーカーの手術がしたいのではなく、そんなに言うならしてやるよ!
ですからね。
あきれてしまいます。
おちおちお使いにも行かれませんね。
お使いの途中で呼ばれるかも知れませんね。
まあ、もともと自分さえ良ければの人なので!
心配し、説得したことはバカらしくなりました。
ちょうど夕食を食べるように勧めたらめまいが来たのです。
それも大きなめまいが来たのです。
おそらく心臓は10秒は止まっていたかも知れませんね?
ペースメーカーを着ければめまいも無くなると思います。
不整脈も落ち着くと思います。
何を言っても無駄です。
娘の説得は聞く耳持たずです。
ペースメーカーを入れたら身体障がい者になります。
そうなったら身体障がい者手帳が貰えます。
これには利点もあります。
例えば公共の交通機関が半額になります。
付き添いも半角になります。
例えば美術館や博物館などの常設展などは無料で見られ場合も、半額の場合もあります。
付き添いも同じです。
まあ、母は90歳なので美術館や博物館には行きません。
地元では障がい者にタクシー券が配られます。
枚数は決まっていますが配られます。
病院などに行くときには便利ですよね。
お使いにも便利です。
私がどんなに説明しても嫌なら無理やりペースメーカーを入れる必要はありませんね。
その代わり私も冷たいようですが、めまいで倒れても、頭をぶつけても、骨折しても自分が悪いのですから!
外出してもなるべく心配しないことにします。
心配するだけ無駄です。
自分が一番正しいと思っている母には先生の説得も説明も無駄でした。
私がバカを見ただけでしね。
はい!このところのきちんと食事が出来ないので心なしか痩せましたよ。
見た目ではわかりませんがね。
片寄った食事!
1日3食きちんと食べない食事!
朝食を食べない食事!
1日の摂取カロリーが1000キロカロリーにも満たない食事です。
母が喜べばそれでいいです。そのうち見た目でもわかるように痩せてくると思います。
別にダイエットをしているわけでも断食でもありません。
死なない程度に物を食べる。
死なない程度に水分を摂る。
それだけです。

認知症の母の仕打ちはあえて受けます!

2020年06月27日 | 介護
連日認知症の母のひどい言動に参っています。
しかしながらあえて母のひどい仕打ちは受けることにしました。
うっかり母のペースメーカーの話を母の一番下の妹にしたら、母の弟にしれわたり、母の弟から家に電話があり、母にひどく怒られました。
その後、母の一番下の妹からも母に電話があり、私は母にひどく怒られました。
私は母にペースメーカーを入れて欲しいのです。
家の中で倒れても怪我をしても困るのです。
ましてや外出先の病院で倒れても怪我をしても困るのです。
全く私の話も病院の先生の話も聞く耳は持ち合わせていません。
ペースメーカーを入れたら長生きすると思っているようです。
不整脈を整えてめまいを無くすだけなのです。
先生の話も説明も無駄でした。私の話も説明も無駄でした。
お金が無いの一点張りです。
ペースメーカーが入れば身体障がい者扱いになります。
あらゆる優遇があるのに!
入院に関してもペースメーカーを入れることに関しても補助金は出るのです。
100%負担しなくてもいいのです。
ペースメーカーを入れると長生きすると勘違いしています。
死にたいと、くちばしっています。
本気で死ぬ気も無いくせに、死にたいと言います。
むしろ死にたいのは私の方です。
しかしながら私は本気で死ぬ気はありません。
こうなったら母が死ぬまで私は母のひどい仕打ちを受けることにしました。
この母の元に産まれてきたことを恨んでいます。
父が母を選んだことを恨んでいます。
思いどおりにならなかった私の人生です。
母の支配下に置かれて暮らした62年間です。
母が良かれと思ってしたことは全て仇になりました。
私はこのところのきちんと食事も出来ずに過ごしています。
認知症の母は私がおそらくこの世から居なくなればいいと願っているのかも知れませんね。
一緒に同居してせいかつも面倒を見ているのに、感謝の気持ちもありません。
子供は親をみるのは当たり前と思っているのかも?
我が家は子供が居ないので、私たち夫婦をみてくれる人などおりません。
母は子供はいつくになっても子供だと思っているようです。
自分のテリトリーの中に置いていきたいようです。
子供に自由はあってはならない!
子供は母の言いなりになるのが当たり前だと!
62歳は何度も抵抗はしましたが、無理なようです。
それなら母の言いなりになって余生を送ろうと思います。
どこにも出掛けない!
家事だけをする。
外出は一切しない。
朝は早く起きて家事だけをして夕方も家事だけをして早く寝る。
そう言う生活を望んで居るのだと思います。
趣味を持ってはいけない。
友達を作ってはいけない。
自宅から外に出てはいけない。
それが母の望む生き方なのです。
今、母が倒れても私は救急車を呼べば怒られると思います。
さりとてほったらかしでも怒られると思います。
母の引いたレールの上を死ぬまで歩むことが母にとっては娘の幸せだと思っているのです。
それは大きな間違いなのです。
しかし、ほぼ90年間母は自分の間違いに気がついていません。
私は残された人生を母の言いなりになって生きるのが嫌なのです。
今まで母の言いなりになって生きてきました。
これから先は自由に生きたいのです。
しかし、それは許されはい運命にあるのです。