横濱・櫻木町コティベーカリーぶろぐ

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シベリア

2006年06月18日 08時28分35秒 | 店のこと
このお菓子は『シベリア』という不思議な名前のお菓子です。
ご覧のように羊羹(当店は水羊羹)をカステラではさんだものです。

大正から昭和中頃の時代には、おやつの定番として活躍しましたが
時代の流れの中で次第に忘れられてしまったお菓子です。

ところが当店では、大正5年(1916年)創業以来変わらぬ製法で
未だに現役・主役で活躍中!!

全国のシベリア・ファン様に支えられて、毎日シベリアを作り続けることが出来ます事は私共にとりまして、何よりの幸せです。
今後ともよろしくお願い申し上げます。


           『シベリア物語』
『シベリア』というお菓子がうまれたのは明治後半から大正初期頃です。当時のパン屋では、どの店でも、このお菓子が作られていました。パン焼きがまの余熱を利用して焼いたカステラと、あんぱんに使うあんを使って作られました。
和菓子のような製品ですが、パン屋で作られたのには、この様ないきさつがあったのです。シベリアパン、シベリアケーキと呼ばれることもあります。しかし、製造に手間と時間がかかることから、いつの間にか、シベリアはパン屋の店先から姿を消していきました。さいわい当店のシベリアは、お客様に愛され続け、大正5年(1916年)創業以来、製法も当時のまま、今日に至っております。

名前の由来

①夢のシベリア鉄道説
  ようかん部分が、大雪原を走るシベリア鉄道に見える。

②掘ってびっくり地層説
  断面がシベリアの凍土の状態に似ている。

③心あたたかオーバー説
  シベリアは極寒の地、ようかんに
  暖かいカステラのオーバーをきせた。

④ドッテテ ドッテテ シベリア出兵説
  大正7年にシベリア出兵事件があり、
  その頃作られたのでこの名前になった。

⑤思ひ出の喫茶店名説
  小樽の町で亡命ロシア人経営の
  『シベリア』という喫茶店で売られていたから。

⑥闘うお菓子屋さん説
  日露戦争(1904年に)従軍した菓子職人が発明したから。

⑦恋するお姫様説
  ロシア革命で、神戸に亡命した美しい貴族の姫君が、
  恋人の亡がらが埋まっているシベリアの凍土を
  想いながら作ったから。

当店HP 『横浜桜木町シベリアのコテイベーカリー』 も是非ご覧下さいm(__)m

コメント (6)
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