東京・両国の江戸東京博物館で開催されている北京故旧・書の名宝展に行きました。書の世界で“聖”とされる王義之(おうぎし)が353年に書いた傑作「蘭亭序」(らんていのじょ)の本物を見に行くためです。
本物といっても、実際に王羲之が書いたものは残っておらず、太宗皇帝の命令で唐時代の書家に模写させた作品などが残るのみです。数ある模写作品のうち、最も本物に近いといわれているのが今回の展示作品「八柱第三本」なのだそうです。
唐の太宗皇帝は羲之の書が大好きで、そのほとんどを集めましたが、蘭亭序だけは手に入らず、ついに家臣に命じ、王羲之の子孫にあたる僧の「智永」の弟子の手から騙し取らせました。更に自分の死に際して墓に副葬させたというのですから呆れてしまいます。皇帝の超ワガママ行動により、後世の人は本物の「蘭亭序」を見ることが出来なくなってしまいましたo(>_<)o
※ショップには「蘭亭グッズ」がいろいろ、これは「蘭亭手ぬぐい」です(笑)
※初めて行った「江戸東京博物館」、その規模大きさに驚きました。
私は学生時代に書道部でしたので、「蘭亭序」は、何度も臨書しました。ちょうど入部した年が1973年「昭和蘭亭」の年でしたので印象的でした。書道界では60年に1回のこの年(癸丑・きちゅう)を盛大に祝っていました。
当時は臨書するのに精一杯で、その内容まで考える余裕がありませんでしたが、今回の展示で、その訳文を読み、初めてその文の意味を知りました。前半は春のうららかな日の集いについてのどかに語っているのですが、後半は王義之の思いが語られています。これを読むと太宗皇帝があの世まで持っていきたくなるのも、分かる気がします。
【抄訳】「世の中も人も移り変わってしまいますが、人の生死にかかわる感慨はいつの世にも変わらないでしょう。昔の人のそうした文に接すると感動するように、この文を読んで後の世の人もきっと自分と同じ感動を覚えることでしょう。その思いをもって今日ここに集まった人の名と詩文を記しておきます。」
詳細は→蘭亭序の全訳
この詩集の序文は宴会の際に書かれた下書きで、後に何度も清書をしようと試みたそうですが、下書き以上の出来栄えにならなかったと言い伝えられています。やはり名作にはエピソ-ドも多いですね!
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