ヤスの雑草日記(ヤスの創る癒しの場)

私の人生の総括集です。みなさんと共有出来ることがあれば幸いです。

山崎豊子という巨人

2008-03-04 20:00:55 | Weblog
山崎豊子という作家は日本では数少ない壮大なスケールを持った作家の一人である。壮大な、という表現は何も山崎が単なる長編作家だ、という意味ではない。僕が文学の世界にのめり込んだのは、フランス文学だったが、とりわけ、スタンダール、バルザック、フローベールの作品世界は、人間の生きるためのコアーが凝縮されていて、それらのコアーと登場人物たちの置かれた社会状況とが濃密に絡みあった世界像であった。昨今のブームになっている「携帯小説」などの小宇宙の中で閉じた人間関係のあれこれが細々と綴られているようなチンケな存在ではない。スタンダールもバルザックもフローベールも眼山に広がる広大な世界と立ち向かう人物たちが、立ち向かいながらも、世界の大きな波にさらわれていく様を、人間の可能性のあり方として、そして同時に人間の限界性として書き連ねた偉大な作家たちだ、と僕は思う。その中でも特に青年の頃の僕を捉えて離さなかったのは、スタンダールである。スタンダールは、「赤の黒」の貧しい青年を、貴族社会へ身を投じさせ、決して褒められた行為によってではなく、むしろ悪の世界に敢えて主人公を送り入れ、出世の階段を
徐々に登り詰めさせていった。「赤と黒」におけるジュリアン・ソレルは、果して、その階段を登り詰めたかに見えたが、その頂点の間際で大きな挫折が待ち構えていて、ジュリアン・ソレルは、その挫折故に、自らの命を燃焼し尽くして、若い命を閉じる。自らがいくら正攻法で抗ってもみても、到底通用しないかのような世界に、彼は己れの命を懸けて、危険な勝負に打って出る。失敗は覚悟の上だが、そのプロセスでは、失敗や挫折という可能性すら、考えられなくなるほどに、勝利の感覚に酔いしれる。青年らしい、思い上がりが、いまだに好きなのは、たぶん、かつて自分が同じ種の世界観を共有し、その世界観に共鳴していたからだろう、と思う。だから、僕は青年の野心を否定はしない。青年が野心を、小さな狡猾さだけのそれにではなく、自分自身が、こんな成功があり得るのか? という恐れにも似た感覚を伴うような野心を大いに持て ! と言いたいくらいのものである。
山崎豊子は、その資質においてはフランス文学に於ける個と世界との関係性を描く作家とかなり近い存在ではないか、と思われる。映画化やテレビドラマ化されていることにおいても決してフランスの大作家たちに引けを取らない。最近では、「華麗なる一族」がリメイクされて、キムタクと北大路欣也の絡みはテレビを観る者を感動させたし、キムタクの背負った宿命と父親役である北大路欣也の宿命とが互いに傷を深めながら、その背景には社会の巨悪の存在と立ち向かい、己れの宿命と、その巨悪の前に挫折し、敗北し、自らの命を絶つキムタクの演技はすばらしいものだった、と思う。その少し前に同じリメイクだが「白い巨塔」における、唐沢寿明演じる大学医学部の権力抗争の中で、ジュリアン・ソレルさながらの、貧しかったが故の、切ないまでの上昇志向によって、癌治療の最先端の治療としての外科手術の手腕によって、成り上がっていく様は凄まじいほどの演技力だった。唐沢演じる主人公は、眼前に迫っている出世の最高峰に到る寸前に、自分が手掛けてきた癌によって、その道を閉ざされる。主人公の死は、虚悪の中へ自ら身を投じて、その毒に命を奪われた青年
医師の野心と野心故の挫折と死というテーマを小説を読む者、テレビを観る者たちに、逃げ場のない方法で突きつけて来る。その迫力たるや凄まじいとしか表現のしようもない。かつて、同じ「白い巨塔」が、田宮二郎主演でテレビドラマ化されたが、当時の田宮は、私生活においても躁鬱病の悪化が激しく、本来の田宮の演技力は限りなく削がれていた、と記憶する。テレビセットもチャチなもので、出来は決してよくなかった。田宮は最終回の放映の前に猟銃自殺を遂げた。田宮と親交が深かった美輪明宏は、その演技力をベタ褒めしていたが、どう控えめに見ても、リメイク番の唐沢寿明の演技に負けていた、と僕は思う。山崎の作品に登場する主人公たちは社会の巨悪に抗うか、あるいは敢えてその巨悪の中に自ら身を投じて挫折していくか、のいずれかのパターンが多い。いずれの方法論をとっても山崎豊子のような作家が、今後生まれ出るか否かという点においては、僕はかなり悲観的である。
確かに現代社会の側面を捉えている作家たちが芥川賞や直木賞を受賞しているし、僕もそれらの作品には目を通しているが、彼らの作品世界における、「世界」はあまりに矮小化されたものになっている。表現の巧みさ故に読ませはするが、読後感は決して、読者自身の世界像を打ち破ってくれるだけのエネルギーが決定的に不足しているように思う。新たな山崎豊子が出現してくれることを心待ちにしている今日この頃である。

○推薦図書「二つの祖国」 山崎豊子著。新潮文庫。(上)(中)(下) アメリカと日本という二つの祖国を持つ日系二世たちの、日米関係の渦の中に巻き込まれあまりに不幸で数奇な運命を辿る物語です。上記の作品以外のものを推薦しておきます。この作品はNHKの大河ドラマが初めて現代物に挑戦した最初の作品でもあります。このドラマに出演していた日系一世のクリーニング屋の店主役の三船敏郎は、黒沢映画の三船より三船の持味が出ていてよかった記憶があります。少し時間的な余裕が出来た方はぜひともこの作品をどうぞ。お勧めです。