○なんでやろうな?
芥川賞や直木賞受賞作家が決まっていく中で、どうしても納得できないことがある。芥川賞候補に何度となくなりながら、落選の憂き目に遭っている島田雅彦が、芥川賞の選考委員になったのは記憶に新しい。たぶん、芥川賞をとっていない作家が選考委員になるのは、初めてのことではなかろうか。だからこそ、西村賢太のようなある意味、この時代にそぐわない作家が芥川賞をとったとも思えるけれど、それならば、なんで山本文緒が受賞しないのか、不思議でならないのである。
「恋愛中毒」のプロットをここで書いても仕方がないので、観念的な読後の印象だけを書き置くが、この小説は、ともかく粘っこいのである。人間の心の奥底を舐めるように抉り出す手法は、山本の筆致の厚みとして評価してよいのではなかろうか。山本周五郎賞受賞だから、山本ファンとしては少しは溜飲が下がる思いではある。たぶん、この小説を読んだ方の印象を日常語で書けば、読んでみたけど、内容にはどんどん引き込まれたけど、読み終わったら、とてもしんどかった、というものではなかろうか。だからというのもなんだが、山本文緒の持ち味は、小説という創造空間で、生きることのエネルギーを描くようなタイプではなくて、生にまつわる人間の哀しさ、虚しさ、切なさ、生き難さ、という現象的なひとつひとつの出来事をぎゅっと凝縮させたような作品を書く作家である。その意味で、山本は心の襞を一枚一枚剥がし取るような粘着質な描写にこだわっているかにみえる。これは凄いと僕には思えるのである。西村賢太の「苦役列車」に対して、石原慎太郎(なんで「太陽の季節」なんかが芥川賞作品なんだ?)が、現代におけるピカレスク小説の復権などというような分かったようなコメントをしていたが、そういう意味ならば、山本文緒の小説の方が、男と女のありようとして、どれほどピカレスクというジャンルにふさわしいか、一目瞭然だろう。僕はそう思う。
山本文緒の作品はどれもよい出来栄えだけれど、いま読み直している「みんないってしまう」という短編集は、秀逸だ。短編集の帯なんかには、決まって、珠玉の作品集なんて書いてあるけれど、山本のこの短編集は、文字通りの珠玉だから、自分とはなんぞや、男とはなんぞや、女とはなんぞや、人間とはなんぞや、生とはなんぞや、という類の発問をしたくなったら、ぜひ手にとって読んでみてほしい作品集だ。お薦めですよ。
京都カウンセリングルーム
アラカルト京都カウンセリングルーム 長野安晃
芥川賞や直木賞受賞作家が決まっていく中で、どうしても納得できないことがある。芥川賞候補に何度となくなりながら、落選の憂き目に遭っている島田雅彦が、芥川賞の選考委員になったのは記憶に新しい。たぶん、芥川賞をとっていない作家が選考委員になるのは、初めてのことではなかろうか。だからこそ、西村賢太のようなある意味、この時代にそぐわない作家が芥川賞をとったとも思えるけれど、それならば、なんで山本文緒が受賞しないのか、不思議でならないのである。
「恋愛中毒」のプロットをここで書いても仕方がないので、観念的な読後の印象だけを書き置くが、この小説は、ともかく粘っこいのである。人間の心の奥底を舐めるように抉り出す手法は、山本の筆致の厚みとして評価してよいのではなかろうか。山本周五郎賞受賞だから、山本ファンとしては少しは溜飲が下がる思いではある。たぶん、この小説を読んだ方の印象を日常語で書けば、読んでみたけど、内容にはどんどん引き込まれたけど、読み終わったら、とてもしんどかった、というものではなかろうか。だからというのもなんだが、山本文緒の持ち味は、小説という創造空間で、生きることのエネルギーを描くようなタイプではなくて、生にまつわる人間の哀しさ、虚しさ、切なさ、生き難さ、という現象的なひとつひとつの出来事をぎゅっと凝縮させたような作品を書く作家である。その意味で、山本は心の襞を一枚一枚剥がし取るような粘着質な描写にこだわっているかにみえる。これは凄いと僕には思えるのである。西村賢太の「苦役列車」に対して、石原慎太郎(なんで「太陽の季節」なんかが芥川賞作品なんだ?)が、現代におけるピカレスク小説の復権などというような分かったようなコメントをしていたが、そういう意味ならば、山本文緒の小説の方が、男と女のありようとして、どれほどピカレスクというジャンルにふさわしいか、一目瞭然だろう。僕はそう思う。
山本文緒の作品はどれもよい出来栄えだけれど、いま読み直している「みんないってしまう」という短編集は、秀逸だ。短編集の帯なんかには、決まって、珠玉の作品集なんて書いてあるけれど、山本のこの短編集は、文字通りの珠玉だから、自分とはなんぞや、男とはなんぞや、女とはなんぞや、人間とはなんぞや、生とはなんぞや、という類の発問をしたくなったら、ぜひ手にとって読んでみてほしい作品集だ。お薦めですよ。
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