○追記:草間彌生
草間は、80歳を超えてなおかつ創作意欲旺盛な抽象画家だし、自分の作品が日本は云うに及ばず世界中で高い評価を受け続けていることを素直に歓ぶおばあちゃんに見える。しかし、彼女の心は10歳のときに発病した統合失調症との闘いの連続であった感がある。彼女自身が後年語っているように、常に自殺と向き合わねばならなかった芸術活動の結果としての作品群が、草間の存在そのものと言って過言ではないだろう。
草間彌生が単身渡米したのは、アメリカが最も富んだ、そして、その繁栄の裏面に抱えていた差別の問題、政治的矛盾の渦中で、公民権運動という大きなうねりの只中でもがき苦しんでもいる社会背景を抱えていた時代である。25歳という若き、野心多き草間の初期の作品群は、遠目に観ると、展示されている壁と同化しているかのように見えて、しかし、近づけば、一つの繊細な図柄が無限に広がっていくかのような、それはまさに草間の裡なる宇宙が、胎動気にあり、いまにも爆発しそうな無限の可能性を感じさせるものである。同時に、草間の自死への希求という、危うい爆弾を抱えた創作意欲がもたらした繊細過ぎる精神の躍動そのものでもある。アメリカ社会が自由の破綻に直面する頃、草間はボディ・ペインティングというジャンルで脚光を浴びる。しかし、当時の彼女の創作の方法論は、時代の趨勢には合っていたが、時代に認められたわけではない。
帰国して、草間はマスコミに叩かれた。性の放縦さという話題性は、大衆受けする下賤なタイトルにスリかわって報道された。草間はまさに干されたのである。彼女は自らの精神の凹凸に苦しめられる。創作意欲の減退と長年の入院生活。彼女は芸術の表舞台からほぼ完璧なかたちで締め出される。細々とした創作活動の果ての20年後に、草間の作風は大胆な抽象化が前面に押し出されるような変化の兆しを見せていた。彼女の脳髄の中の宇宙を想起させる水玉模様の横溢と、晩年のピカソの色使いと、縄文文化を想わせる図柄のモザイク的作品群が、草間彌生の辿りついた世界である。自死との対峙と宇宙への回帰は、彼女の裡では、矛盾なく同居している。草間の作品は今後も増え続けることだろうが、作品の傾向は、閉塞していくベクトルとしての死と対極にあるような、無限の広がりをもった宇宙的視野を具象化する過程そのものであろう。かつて自死への怖れを抱いた若き才能は、無限の生成を生みだす宇宙への憧憬へと拡大し続けることだろう。草間彌生の健康を祈りつつ、今日の観想として書き遺す。
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長野安晃
草間は、80歳を超えてなおかつ創作意欲旺盛な抽象画家だし、自分の作品が日本は云うに及ばず世界中で高い評価を受け続けていることを素直に歓ぶおばあちゃんに見える。しかし、彼女の心は10歳のときに発病した統合失調症との闘いの連続であった感がある。彼女自身が後年語っているように、常に自殺と向き合わねばならなかった芸術活動の結果としての作品群が、草間の存在そのものと言って過言ではないだろう。
草間彌生が単身渡米したのは、アメリカが最も富んだ、そして、その繁栄の裏面に抱えていた差別の問題、政治的矛盾の渦中で、公民権運動という大きなうねりの只中でもがき苦しんでもいる社会背景を抱えていた時代である。25歳という若き、野心多き草間の初期の作品群は、遠目に観ると、展示されている壁と同化しているかのように見えて、しかし、近づけば、一つの繊細な図柄が無限に広がっていくかのような、それはまさに草間の裡なる宇宙が、胎動気にあり、いまにも爆発しそうな無限の可能性を感じさせるものである。同時に、草間の自死への希求という、危うい爆弾を抱えた創作意欲がもたらした繊細過ぎる精神の躍動そのものでもある。アメリカ社会が自由の破綻に直面する頃、草間はボディ・ペインティングというジャンルで脚光を浴びる。しかし、当時の彼女の創作の方法論は、時代の趨勢には合っていたが、時代に認められたわけではない。
帰国して、草間はマスコミに叩かれた。性の放縦さという話題性は、大衆受けする下賤なタイトルにスリかわって報道された。草間はまさに干されたのである。彼女は自らの精神の凹凸に苦しめられる。創作意欲の減退と長年の入院生活。彼女は芸術の表舞台からほぼ完璧なかたちで締め出される。細々とした創作活動の果ての20年後に、草間の作風は大胆な抽象化が前面に押し出されるような変化の兆しを見せていた。彼女の脳髄の中の宇宙を想起させる水玉模様の横溢と、晩年のピカソの色使いと、縄文文化を想わせる図柄のモザイク的作品群が、草間彌生の辿りついた世界である。自死との対峙と宇宙への回帰は、彼女の裡では、矛盾なく同居している。草間の作品は今後も増え続けることだろうが、作品の傾向は、閉塞していくベクトルとしての死と対極にあるような、無限の広がりをもった宇宙的視野を具象化する過程そのものであろう。かつて自死への怖れを抱いた若き才能は、無限の生成を生みだす宇宙への憧憬へと拡大し続けることだろう。草間彌生の健康を祈りつつ、今日の観想として書き遺す。
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