好日10 希釈された鎌いたち
使い慣らしたワープロを取り出し、文章を書き始めるにあたって、私はまずタイトルを定める。後になって変える場合もあるが、まずタイトルを決めないと、書き始めることができない。漠とした内容より、きっちりとしたタイトルがあった方が、書き始める際の心の姿勢を決めやすいといった事情が、私にはある。
鎌いたちとは、原因も分からないまま、鎌で切ったような切り傷ができることを言うが、いたちの仕業と仮にみなした造語である。この鎌いたちという言葉には、時間的・空間的に危機が凝縮されたイメージがある。そこで時間的・空間的に危機を拡大し、毒を希釈していってそのまま薬に変える。そういった言葉の錬金術として、「希釈された鎌いたち」という言葉を差し出してみたいのである。
瀧口修造は土方との最初の出会いをこのように回想している。来訪の予告を受けて、玄関前に立った土方は稲妻にあってびしょぬれであった。バスタオルを巻いた土方と最初の挨拶を交わした。その時に詠んだ瀧口の一句ー「鎌いたち稲妻だけを借着して」
土方巽は舞踏家であり、肉体そのものが芸術作品であって、普段の立ち居振る舞い、即興的なおしゃべりを含め、すべてが象徴的な芸術行為と取れることが非常に多かった。
話題がマルセル・デュシャンの事柄に及んだ時、土方巽は発音の仕方が違うと、私に注意した。では、マルセル・デュシャンとはどう発音すべきなのか? 「まず角砂糖を摘んで口の中に入れる」と土方巽は述べ、目の前に角砂糖があるかのごとく取り上げ、口の中に放り込んだ。そしてなにやらもぐもぐとやって、「マルセル・デュシャン!」と叫んだのである。確かにその瞬間、ぼくたちのよく知っているあのマルセル・デュシャンが、呼び出しを受けて、その場に現前したのであった。舌の上で転がりながら溶けていく角砂糖とまとわりつく形で発声されたマルセル・デュシャンという空気の震え。それは即興的に示された土方ダンスそのものであった。
宴は深まり、夜は更けた。土方は両腕をふわっと伸ばして立上がり、唐突に、何の脈絡もなく、「ヨーハン・ボルグガング・ゲーテ」と呟いた。「光の密売人が」どうのこうのと、ひとりごとは続いたのだが、後は聞き取れなかった。その時にも、粉雪の舞う中に、ヨーハン・ボルグガング・ゲーテが、土方の傍らに立った。土方とゲーテの、幻のデュエットのダンスを、私は見た。
土方は、テーブルのバナナを手元に引き寄せ、ひとつずつちぎっては周りの人に、丁寧にそれを配った。その仕草に自分のコメントは何もつけず、いまそのバナナをちぎること。それを手渡すことに、全神経を集中しているかのごとき光景がそこにはあった。私がその時連想したのは、キリストがパンをちぎって弟子に手渡した時の、その腕の動きであった。完全に無償な行為。ただ食べ物をちぎり、それを人に分け与える。この肉体の簡単な動作すら、土方にあっては、ただ一回性の危機の舞踏なのであった。
空間を切り裂き生傷が生まれる瞬間を、確かに私は何度も見た。脳の中にいまなお残るこの古傷を、私は忘れない。いや鎌いたちの方が私を忘れないのだ。希釈された鎌いたち。世界の古傷。
このエッセイを書き終えて、目を上げれば、扇風機がひたすら回っていた。また夏が過ぎて行く。
角砂糖が溶けていく味がするマルセル・デュシャンの肉声