岸田外相がロシアのラブロフ外相との会談の結果としての記者会見で、発言を否定された問題が結構な話題となっている模様。
ラブロフ外相は昨年ウクライナ危機という非常に難しい問題への対処に関して、ロシア国民およびそれを見ている各国民から、プーチンはもちろんいい仕事をしたけど、それよりもなによりラブロフだ!と言われていた人。本当に献身的な仕事ぶりだったし、能力高いよなぁ、でした、ほんと。
そういう人を前にして、岸田さんは日本でやってる通りの通り一遍の合意めいたいものをあげていれば相手も気を遣ってくれるもの、みたいに思ってたんじゃないのだろうかと思った。
それに対してラブロフさんは職業外交官ですから、話の導入や多少のレトリック等々には寛大でも、実体に関しては譲らないという態度だったんじゃないですかね。
実体部分というのは何かというと、日本とロシアは抱えている問題に対するアプローチの方法に齟齬がある、ってことでしょう。
日本は、北方領土は日本の固有の領土であって、ロシアが不法占拠した
ロシアは、北方領土は第二次世界大戦の結果としてロシアが獲得した
だから、ロシアは平和条約締結問題があって、その中に領土問題が含まれると考え、日本は、そもそも不法占拠問題だ、と考えるので、領土だ領土だ、となる。
従って、日本のマスコミが言い散らすように、日本の誰かがロシアに行く、すわ領土問題だ、という書き方は、ひたすら日本の立場を主張していることになる。その上でロシアとの差異を書くならまだしも、それを無視して、ず~っと、あたかも両国間が同じ認識で領土問題を扱っているかのような報道をしている。
今日になっても菅官房長官が、
菅官房長官、岸田外相の訪露評価 「北方領土問題しっかり取り上げた」 と評価しているらしい。国内で評価しても相手に届かなかったら交渉っていわんと思うんだが・・・。
これは私は日本国民の多数をずっと騙していることになると思っている。
だけど、日本では、ロシア側の立場を斟酌すると売国奴になったり反日よばわりされるのが目に見えているので、アカデミズムもジャーナリズムも沈黙しちゃって幾星霜、って感じでしょうか。
その間に、ネトウヨっつー人たちは領土奪還こそ国民の義務だの、北方領土だけではない樺太も日本のものだとなんだのと勇ましことを言う人が出てきちゃってるの。これってどうするつもりなの?
しかし、実際にはアプローチの差異はずっと埋まってない。
で、多分、ここで書いた通り、ロシア側は、曖昧路線を捨てたのだと思うんです。
プーチン、チタでWWII終結記念式典
こんな感じ。
多分、プーチン政権前期では、過去をほじくらず、未来志向で、みたいな派が強かったが、それではダメだ派が強くなって(多分ロシア外務省はこっちが強い)、ほじくってから考えよう派が勝利してる、ってことじゃなかろうか。
逆にいえば、「未来志向」とか言ってる人たちというのは、日露間の国民同士が過去を巡って憎しみあうことを懸念してる人なんだろうと思う。
おそらく2014年の夏あたりがその境目じゃないんですかね。だって、平和条約も締結していない隣国が、70年間の方針を「解釈改憲」で変更して海外派兵に大乗り気、ってことは普通に考えれば警戒する以外にないでしょう。現状への大きな変更には違いない。
それなのに、今回岸田さんは、従来通り、溝が埋まってないのに、北方領土問題を話し合いました、みたいなことを言ったので、ラブロフが、「北方領土問題は協議しなかった」とロシアの立場から主張したんじゃないでしょうか。
つまり、その本質的な意味は、私たちが話し合ったのは第二次世界大戦終結に伴う平和条約締結問題です、でしょう。
日本は日本の立場で、というのはいいけど、その意味が相手の主張は聞く必要はないという意味ならば、それってなんてか、またかよ~ということになると思う。
こんな感じだったなぁと思い出すわけですよ。
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■ ほんとうは英米の問題
で、日露間のこの問題はアメリカと日本の合作による歴史修正がもたらした矛盾と捉えることができるでしょう。
ここで書いた通り、
8月20日関東軍降伏
前から書いている通り、陸軍の本体ともいうべきところをまったく見ないで終戦動向を描いていた日本の終戦物語はまったくおかしいわけですよ。
日本は、主にアメリカに負けたけど、日本の最強部隊は日本にはいなくて満洲にいたわけで、これを片付けないと戦争は終わらない。だからソ連にやって、と連合国は頼んだわけでしょ。ナチス投降から90日以内にソ連参戦という意味は、最終的な終結をしようとしているということ。
で、その代償というか戦利品として樺太・千島があった、と。連合国、特にアメリカが自分で50万とか100万の兵士を引き連れて満洲に入るなんてことをしたくないから、自分で払わず日本の持ち物から払わせた、って話でしょう。
それを時間とともに、日本はアメリカにだけ負けたという話にしてしまって、それに伴いなんでソ連が入ってきたのかを、ソ連がただ強欲だったからというストーリーにしちゃうわけ。もちろん強欲でしょう。しかし、連合軍が作った作戦計画としてソ連が満洲にいる関東軍を壊滅させたことを純粋なソ連の強欲と語るのは間違いでしょう。
でもこれは偶然ではなくて、アメリカは欧州戦線でも捏造をしていて、ドイツは7割強の兵士を失ったのは東部戦線で、勝負を決めたのも東部戦線なのだが、アメリカでは70年代にはすでに、ノルマンディーが勝負を決めたストーリーにしちゃっていたことが今日知られている。今もこれは続いているけど、さすがにアメリカ人に対しても嘘はもたなかったものとみえて、ノルマンディー神話は崩壊しつつある。(例:レーガン時代財務省次官補を務めたポール・クレーグ・ロバーツによるアメリカにおけるノルマンディー神話の話、「マスコミに載らない海外記事」さんから)
でもまぁ、だからこの歴史捏造は、アメリカ覇権を盤石なものにするのに必要だったわけでしょ。第二次世界大戦はアメリカさんが正義の味方として戦った戦争で、これを基に世界はアメリカに平定された、ってことになってるんだから。そして、そうであればこそ世界中に基地を置いても、自分は平和のために置いていると正当化できるわけね。
しかし本当はいわゆる東側地域がずらりとアメリカに平定されてはいなかったので、冷戦期に、現代の十字軍みたいな発想を流布させソ連敵視を固定化させ、相手が幾分弱体化したところでもうこんな時代はやめよう、平和の時代をとか言ってソ連を騙して軍事同盟を解消させ、自分の方はちゃっかり残して、今もNATO軍はバルカンを攻撃し、続いてウクライナ、ロシアを攻撃中、と。
(一極支配の妄想をブッシュ時代あたりに原点を取って考えるのは間違いだと思います)
そういうわけで、日本はこの神話の中にがっちり組み込まれているので、日露が平和条約を締結する時というのは、非常に大きなシフトチェンジがもたらされたとき以外にはないだろう、と私は思います。
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