兼業で過労自殺、労災認定 名古屋北労基署が心理的負荷を「合算」
2024年12月16日 中日新聞
岐阜大の研究者と大手航空測量会社の技術者を兼業していた愛知県の男性=当時(60)=が精神疾患を発症して自殺したのは、2職場での心理的負荷が重なったためとして、名古屋北労働基準監督署が負荷を総合評価し労災認定していたことが、関係者への取材で分かった。
労災認定を巡っては、2020年改正の労働者災害補償保険法で、複数職場の業務上の心理的負荷などを合算し、総合的に判断できるようになった。遺族側の代理人弁護士によると、法改正以降、負荷を総合評価し、過労自殺が労災認定された事例は珍しいという。
代理人弁護士によると、認定は今年4月11日付。男性は19年12月ごろから航空測量会社「パスコ」(東京)と岐阜大で兼業しており、21年5月にうつ病を発症した末に自ら命を絶った。
パスコでは、橋梁(きょうりょう)の点検調査業務に従事したが、社内に橋梁の専門部署がなく、データの処理から取りまとめを1人で担当しなくてはいけない状況だった。同時に、岐阜大では、担当の准教授からパワーハラスメントを受けていたという。
労基署は、各職場での心理的負荷の強度は3段階で真ん中の「中」と評価し、いずれも「恒常的な長時間労働は認められない」とした。だが、2職場の業務の内容や時間的近接の度合いなどを総合的に検討し、合わせた負荷は「強」にあたると認定した。
副業や兼業は、国の働き方改革の一環で推進され、総務省による22年の調査では副業を持つ人は約305万人で5年前より約60万人増加。複数の会社にまたがる労働時間や業務負担の管理や把握は難しいが、過重労働につながりかねず、実態に沿った労災認定が求められてきた。厚生労働省によると、法改正から23年度までに複数職場の負荷を総合評価し労災認定した死亡事案は4件で、脳や心臓の疾患によるものだった。
代理人の立野(たちの)嘉英弁護士は「複数の職場から生じるストレスの蓄積について、どのように健康管理できるか、議論を深める必要がある」とコメント。男性の20代長男は「教育機関として立場が弱い教職員・学生の環境改善を望む」と話しているという。
パスコは「労基署から直接的な指導などはなく、詳細については確認中」、岐阜大は「適切に対応しており、労基署から指導を受けていない。詳細については個人情報の観点から差し控える」としている。
独立行政法人「労働政策研究・研修機構」(東京)による22年の調査では、副業をしている人は、仕事をしている人の6%。女性は男性より2・3ポイント高い7・4%で、年齢が高いほど割合が高かった。副業をしている人の本業は非正社員が41%。本業の勤め先に副業を知らせていない人は37・5%だった。
負荷の合算は画期的な事例
南山大・緒方桂子教授(労働法)の話 2020年の制度改正以来、業務の質的な負荷を合算し、労災認定された事例は聞いたことがなく画期的。今後、同様の認定事例も出てくるとみられ、労働者にとっては救済される可能性が広がった。使用者側は、パワハラなどをせず従業員を適切に処遇するのは前提として、兼業する労働者の全体の労働時間を把握しておく必要がある。
使用者側にも難しい問題
専修大・広石忠司教授(人事管理論)の話 兼業や副業が増える中、懸念が現実になった。雇う側と雇われる側の力関係があり、兼業の労働者が使用者に労働時間や業務量の配慮を求めるのは難しい。一方、使用者がどこまで労働時間管理や安全配慮義務を負うかも難しい問題。兼業や副業を積極的に進めてきた国は、こうした事態をどれほど考えていたのか疑問である。
「困るのは自分」申告ためらう兼業者 国の想定と乖離する現実とは
2024年12月16日 朝日新聞 華野優気 山本逸生
国は「働き方改革」の一環として副業・兼業を推し進める。「起業やイノベーションの促進」が旗印だ。しかし、実際は生活のためにやむなく仕事をかけ持ちする人がほとんどで、目的との乖離(かいり)が起きている。
「兼業で過労自殺」労災認定 法改正して初、心理的な負荷を「合算」
大阪府交野市の男性(52)は、同市でごみ収集業務の会計年度任用職員として働く。朝8時45分から午後5時まで勤務し、週4日はそこから府外の運送会社へ向かう。10時まで倉庫での仕分けにあたり、帰宅すると11時近くになる。休憩は昼の1時間だけだ。
妻と長女の3人暮らし。年収は、副業を合わせて400万円ほど。妻もパートで働くが、長女が通う私立大の学費の支払いもあり、生活に余裕はない。
自治体には正職員としての採用を求めているが、認められていない。通算で法定労働時間を超えているが、もらえるはずの割増賃金の支払いもない。「『嫌なら辞めろ』と言われれば困るのは自分。我慢するしかない」
(以下有料記事)