徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第二十七話 影法師)

2006-03-14 00:14:28 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 誰かが追ってくる…千春はそう感じた。
友だちと遊びに出た帰り…駅のプラットホームからずっと誰かにつけられているような気がしていた。

 ノエルや亮のいる書店に向かおうかとも思ったが、仕事中のノエルが一緒に帰宅できるわけもないし、家とは逆方向の西沢のマンションに行っても西沢が留守だったら最悪だ。

 まだそんなに暗くもないし…通りには人もいるわ…。 
どうか家まで人目が途切れませんように…。
問題は…通りを外れた住宅街に入った時に誰か歩いている人がいるかどうかよ…。
千春は足早に家路を急いだ。

 住宅街の入り口に差し掛かったあたりで千春はそっと振り返ってみたが追手の姿は見い出せなかった。
けれども気配だけはますます強くなっていた。

 千春が心配していたとおり、住宅街に入ると人の数もぐっと減って滅多に外を歩いている人はいなかった。
 違う時間帯ならもっと人がいるのに…。
そう思いながら早足で歩いた。
どんどん接近してくるような気がして千春はいつしかほとんど駆け足状態だった。

 後ろを振り返りながら角を曲がった途端、目の前に人が立っていて、思わずキャッと叫んだ。

 「えっ? どうしたの? 」

 聞いたことのある声が頭の上から降ってきた。
見上げると英武の顔が覗きこんでいた。

 「英武…もう…びっくりしたぁ! 」

 びっくりしたのはこっちなんだけど…と英武は思った。
ふと…千春の背後に人の気配を感じて千春を自分の背中に回らせた。

 「千春ちゃん…来るよ…。 僕から絶対離れるんじゃないよ。」

 それはいままでのような若手の能力者ではなかった。
買い物帰りの小母さんや外回り中の営業マンといった出で立ちの者が次々と姿を現した。
 特に強い力を持っているわけではなさそうだが、霊能タイプの千春ひとりで立ち向かうのは到底無理。

 英武の背中に隠れながらも千春はちょっぴり不安を感じていた。
何しろこの英武という人は西沢兄弟の中で一番の甘えん坊で、すぐ上の兄の紫苑に頼りっきりだと滝川から聞いていたから…。
 
 営業マン風の男が先頭を切って襲い掛かってきた。
男はしきりに念の礫を飛ばし攻撃を繰り返すが、英武にとってはスポンジのボールほどの威力にも感じられない。
 
 男の攻撃が効かないのを見た他の能力者たちが英武の気を千春から逸らすためにあちらこちらから一斉に攻撃を始めた。
英武が彼等に気を向けた隙に営業マン風の男は隠れている千春に近付こうとした。
 英武は特にその場から動くこともなく接近した男の身体に軽く触れた。
男はまるで感電したかのようなショックを受け、その場にしりもちをついた。

 少しずつ千春を後方に移動させながら英武は襲い来る者たちを次々と感電状態に陥らせていった。
 紫苑と違って彼等にかけられた強力な暗示を解くことはできないが、撃退するくらいは朝飯前…どうってことはない。

何ならまとめて料理しちゃってもいいんだけど…手加減が難しいよね…。

 相手にもレベルの違いがはっきりと感じ取れるらしく、全員こけたところで逃げ出した。

千春が見直したように英武を見た。

 「すっごぉい! 英武アニメのヒーローみたい! 」

 千春は英武の腕を取って小躍りしながら言った。
お褒めに与りまして…と英武は笑った。

 「でも…こんなところで何してたの? 」

 何してたのって…英武は突き当たりの大きな門を指差した。
表札に大きく西沢の二字が見えた。

 「あ…あのばかでっかいお屋敷~英武のお家だったんだぁ。 
あの門…悪代官とか出てきそうだよねぇ…。 」

 悪代官…せめて悪徳政治家とか言って欲しいねぇ…英武は苦笑した。
あれでも一応洋風建築なんで…。

 「千春ちゃんち…すぐそのあたりだろ? 一緒に行ってあげるよ。
やつら…今日はもう出ないと思うけど…ね。 」

 英武がそう言うと千春は嬉しそうに微笑んで、それじゃぁ…お願いしま~す…と掴んでいた英武の腕にしっかりとしがみ付いた。

 おやおや…と思いながら英武もまんざらではなさそうに千春のとった腕のひじを曲げて組みやすくしてやった。

 「それじゃ…参りましょうか…お嬢さま…。 」

 背の高い英武の腕に、組むというよりはぶら下がるような感じで歩き出した。
千春が早足にならなくて済むように英武はちゃんと歩幅を合わせてくれた。
 英武って優しいんだ…家に着くまでのほんの数分のことだけれど千春はちょっと温かい気持ちになった。



 「ねえ…なんか…いつもと違わない? 」

 ノエルがじっとキッチンのふたりを見ながら亮に訊いた。 
キッチンでは西沢がいつものように夕食の惣菜を盛り付けていて、滝川が鍋の中の一品をこんな具合でいいか…というように西沢に見せているところだった。

 亮から見れば別段これといって変わったようには見えない風景だったが、ノエルはさっきから気にしていた。

 「だって…紫苑さん…すごく機嫌いいじゃん。 滝川先生のこと怒らないし…。
いつもだったらあんなことしたら絶対パンチが飛ぶよ。 」

 滝川が紫苑の耳元でこそこそと囁き、ついでに耳たぶをそっと銜えた。
あきれたね…と肩を竦めただけで西沢は気にする様子もなく作業を続けた。

 「ね…? 今日はやけに穏やか…でしょ。 」

 ふうん…お互い…何かが吹っ切れちゃったのかも…。
理由は分からないけど…好きだって言いながらずっと敬遠し合ってたもんね。
 滝川先生のふざけた行動に対して始終神経を逆立てていた西沢さん…冗談を冗談として受け取れるだけの気持ちの余裕ができたのかもしれない…。
まあ…いいんじゃない…仲良しの方が…さ。

 できたぜ…亮くん…ノエル…飯にしよう…。 
滝川がキッチンから顔を覗かせ、ふたりに声をかけた。

 テーブルで美味しそうな煮物が湯気を立てていた。
さっきの鍋の一品はどうやら小鉢に分けられた蛍烏賊のぬた…鍋で酢味噌と和えていたらしい。
軽くあぶったアナゴの干物がなんとも香ばしい匂いを漂わせている。

 何となく酒肴に近いようなものが多いのは否めないが…西沢も滝川も家庭的というか女性的というか…料理はまめに作る。
 但し…仕事に夢中でろくに食事をとらず、貧血起こして病院へ運ばれたなんてことも過去にあるので…完璧とまではいかないようだ。

 「…で…英武が自分のブレスレットを千春ちゃんにあげたらしい。
千春ちゃん程度の力ならそれほど目立つものではないから、今からでも十分カムフラージュできるだろうってことで…ね。 」

 えぇ~大丈夫かなぁ…とノエルが思わず口走った。
みんな一斉にクスッと笑った。 

 「心配ないよ…ノエル。 ああ見えても力は確かだ…。 
あいつ甘えっこだから頼りなく見えるけどあれで結構多才な男なんだぜ…。 」

 滝川が笑いを堪えて言った。
顔を合わせれば睨み合っている滝川と英武だが、どうやらお互いの力は認め合っているようだ。

 「そうだ…ノエル…また仕事が来てるんだけど…頼めるかな?
書店の仕事の合間でいいから…。 」

 西沢が思い出したように訪ねた。
はい…とノエルは頷いた。

 「亮くんにも仕事があるぞ…。 ノエルと一緒に僕のスタジオに来てくれる?」

 えぇ~またやんのぉ? 何で僕~? 部品デザイン…フツ~なのに~。
亮は清水の言葉を思い出してしまった。 

 「部品…デザイン? 」

 みんなの目が亮に集中した。亮は仕方なく清水に言われた悪口の話をした。
今度はクスッじゃ済まなかった。西沢も滝川も声を上げて笑った。
ノエルは必死で堪えようとしていたが無駄な努力だった。

 「いやはや…部品デザインとは恐れ入った…。
だけどね…亮くん…考えてご覧よ。 僕はこれでも一応プロだからね。
いいと思わなきゃ撮らないぜ。 」

 ようよう笑いを納めて滝川が言った。まあ…僕の眼を信じなさいよ…亮くん。
慰めだかなんだか分からないが滝川は自信たっぷりに微笑んで見せた。



 心配なのは…千春のことだけではなかった。
亮にしてみればノエルのことも十分気がかりで…千春が狙われた後だというのに夜更けの道をひとりで歩かせたいとは思わなかった。
 ノエルの力がどれくらいのものなのか…まだ誰も眼にしていなかった。
それなのにノエルに関して西沢や滝川が亮の時ほど注意を払わないのが不思議で仕方なかった。

 けれども…多分…送っていくなんて言ったら…馬鹿にするなって怒るだろう。
ノエルは男の子…だから。
 いつものことだけれど…西沢のマンションの前で別れる時の言いたくて言えない言葉のもどかしさ…。
 お休み…また明日な…とそれだけ言って別れる寂しさは…なぜなんだろう?
普通のことなのに…。

 街灯の灯かりがぼんやりと歩道を照らす。 
影法師はひとつ…ふたつ…? えっ…ふたつ? 驚いて亮は振り返った。
ノエルがすぐ後をついて来ていた。

 亮…泊めてくれる? ノエルは上目使いに亮を見た。
そうか…またお父さんと喧嘩したんだ…な。
…いいよ…。 けど…家にはちゃんと連絡しとけよ…。
 
 そう言いながら歩き始める…ちょっとだけ元気になる歩調…。
街灯の下を通る度に影法師がふたつ…。
まるで恋人同士のように寄り添って見えた。

  



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