徒然なるままに…なんてね。

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ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第三十話 貰ってやるよ…。)

2006-03-19 18:12:54 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 亮が連絡を取ってから有が玄関に姿を現すまで、それほど時間がかかったわけではないが、亮にはじりじりするほど長いこと待たされたように感じられた。

 「済まんな…。 西沢のお養父さんに了解を得ていたので…。 」

 有は申しわけなさそうな顔をした。
こんな時に…なんでわざわざそんな面倒なことしなきゃいけないんだ…?
亮は納得できかねた。

 有は急いで寝室に向かうと、高熱でぐったりしている西沢の身体のあちこちに手を触れた。
亮は有の後ろから心配そうに覗き込んだ。

 「亮…大丈夫だ…。 それほど深刻な状態ではない。 すぐ良くなるよ。 」

 亮の不安げな顔を見て有は安心させるように言った。
有の手が西沢の気管や肺のある場所に当てられた。

 「俺たち治療師は病気そのものを取り去ったり治したりしているわけではない。
病気に侵されている部分の細胞を中心に全身の機能の働きをより活発化させて治癒能力を高める手助けをしているんだ。
だから…治すのはあくまで自分自身なんだよ。 」

 有が亮に対して自分たちの持つ力について説明をしたのはこれが初めてだった。
西沢のことが知れるまで、亮の存在を半ば無視していた有が少しずつ亮に歩み寄ってきているような気がした。

 「…父さん…? 来てくれたの…面倒かけてごめん…。 」

少しは身体が楽になったらしく西沢が眼を覚まして有に声をかけた。

 「紫苑…そんなことはいいんだよ。 だが…随分と疲れているようだ。
お役目がつらいのではないか…?  」

有は優しく問いかけた。いいえ…と西沢は微笑んで見せた。

 玄関の鍵を開ける音が響いた。
今頃誰だろう…亮は急いで玄関に向かった。
滝川と初老の紳士が立っていた。

 「滝川先生…どうして…? 」

亮が驚いたように訊くと滝川は笑みを浮かべた。

 「なんだか心配になって戻ってきたら…そこでばったり紫苑のお養父さんに会ったんだ。 西沢祥さんといって西沢家の御当主だ。 」

 西沢の養父が亮に微笑みかけた。始めまして…と亮は頭を下げた。
穏やかで優しい眼をした上品な紳士だった。

祥が部屋に入った時、寝室では有がようよう紫苑の手当てを終えたところだった。

 「有…夜遅くに済まんな。 心配をかけた…。 」

 祥は有にそう声をかけた。
明らかに自分の方が上に立っているような言い方だったが、それはもともと祥の方がずっと年上で兄貴分だったからで、わざとそうしたわけではなかった。
 
 「なに…俺の務めだ。 今日は家に帰っていたので早く来られて良かった…。
祥さんこそ…雨の中悪かったな…。 」

そう答えながら有は紫苑の傍から離れて祥に場所を譲った。

 「紫苑…御使者のお役目…大変だったからなぁ…。 疲れが出たのだろう…。」

 祥はいかにも愛しそうに眼を細め紫苑の頭を撫でてやりながら話しかけた。
有に対する紫苑の顔と祥に対する顔がまったく違うことに亮は気付いた。

 「お養父さん…ご心配をおかけしました。 
有さんが診てくださったおかげで…もう随分と楽になりましたから…。 」

 有さん…紫苑はいま確かに実父を名前で呼んだ。
有は表情ひとつ変えなかったが亮はなぜか胸がどきどきした。 

 言葉は祥に対しての方が丁寧だが紫苑は確かに祥の方を父親として見ている。
有のことは父さんとは呼んでも親戚の小父さんくらいにしか考えていない。
育んできた長い年月の違いが有の父親としての居場所を失わせてしまっていた。

 祥が紫苑の傍にいる間、有はそっと居間の方へ出た。
滝川がキッチンで紫苑のために重湯をたいていた。
 この状態では多分…紫苑は朝からほとんど何も食べていないに違いない。
使われた形跡のないキッチンを見て滝川はそう思った。
食べられるかどうかは分からないが…。

 「ずっとここに居候してたんですが…今夜から家へ戻ったんですよ。
紫苑の調子が悪いことには気付いていたんだから…日延べすればよかったのに…。
短慮でした…。 」

滝川がそう話しかけた。

 「恭介…頼みがあるんだが…。 」

 有がそっと手招いた。滝川は火を止めると居間の方へ出てきた。
滝川だけに聞こえるように声を潜め有は紫苑の置かれた状況を打ち明けた。

 「きみだから話すが…紫苑はまた新しい指令を受け取っているんだよ。
今度はおとなが相手だから…おそらく相当しんどかったに違いない。
 何日も身体のだるさを我慢して出かけて行ってたんだろう。
亮には黙っていたが…肺炎を起こしかけていた。

 この先も何があるか分からない…ひとりでは…身体がもたんかもしれん。
できれば…治療師のきみに付いていて貰いたいんだ…。 」

 新しい…指令…じゃあ…ここのところ…朝帰りが多かったのは…輝に会いに行ってただけじゃないんだ…。
紫苑…僕にも黙って…と言うよりは話せなくて…我慢してたってわけか…。

 「あいつ…痛いも苦しいも何にも言わないやつだから…。
分かりました…ちょくちょく戻ってきて診てやります…。 」

滝川はがそう約束すると有は安心したように頷いた。

 祥が息子の見舞いを十分に堪能して、その場に居る者たちに労いの言葉をかけ、本宅に帰って行った後で、滝川はやっと紫苑の前に姿を見せた。

 「何だ…おまえ…さっき出てったばかりなのに…もう戻って…きたのか? 」

 熱に浮かされて半分うつらうつらしながらも、恭介に気付いた紫苑は呆れたように言った。
ふふんと鼻先で笑いながら滝川は紫苑に近付いてベッドの端に腰を降ろした。

 「誰かさんが赤信号出してたんでな…。
紫苑…水分を取った方がいい。 脱水も起こしている。 スポーツドリンクの方が飲みやすいかな…。 」

 サイドテーブルの上に置かれたコップを見ながら滝川は言った。
それで…いいよ…と言いながら、意識のはっきりしない半寝の状態で紫苑は起き上がろうとした…が身体に力が入らなかった。
 すぐにまた眼を閉じてうとうとしてしまって、とても自分で水を飲むどころではなかった。

 その様子を痛々しげに見つめていた滝川は自分が水を口に含み紫苑の唇に流し込んでやった。

 「馬鹿だなぁ…恭介…風邪がうつるぜ…。 」

眠たげな笑みを浮かべる紫苑に滝川は躊躇うこともなく再度水を飲ませた。

 「貰ってやるよ…その風邪…。 人に移したら治るっていうじゃないか…。 」

 滝川はそう言って笑った。
治療師の…言う…台詞か…よ…と紫苑は呟きながら、とうとう堪えきれず本格的に寝入ってしまった。

 僕が貰っておまえが楽になれるものなら…喜んで貰ってやるよ…。
安心しきった子供のような寝顔を見つめながら滝川は胸のうちでそう語りかけた。

 風邪だけじゃない…ぜ。
おまえの重荷の半分…半分は無理かもしれないけれど…おまえが僕に任せられるだけのものは…一緒に背負っていってやる…ずっとな…。
だから…早く元気になれ…。

 扉の影からそっとふたりの様子を見ていた亮は、有に肩を叩かれて扉を閉じた。後は滝川に任せて引き上げようと有は言った。
亮は素直にその言葉に従った。

 アスファルトに映った雨で滲む街灯の灯かりを踏みつけながら、亮は有の後について行った。   

 「あのふたり…恋人同士なんだろうか…? 」

 有の背中に向かって亮はふとそんなことを訊いた。 
有がちょっと立ち止まって亮の顔を見た。

 「どうかな…。 俺には…そんな段階はとっくに越えてしまった仲のように思えるがな…。」

どういうこと…? 亮は首を傾げた。

 「紫苑にとって恭介は唯一何の打算もなく自分に真心を捧げてくれる人だ。
言い換えれば、紫苑は恭介にとってすべてを犠牲にしても惜しくない相手だということだ。
 そんな純粋な想いは恋愛にはないと俺は思っている。
恋なんてものはもっと打算に満ちている。 完全な信頼なんて在り得ないし…。
 感情のすべてが未熟で…お互いの気持ちを奪い合うことだけを拠り所にしているからな。 」

 夢のねぇ話…亮は肩を竦めた。
有は笑った。そういうもんさ…現実は…。

 「男と男の間には…時には…男と女の関係以上に純粋な感情が生まれることがあると考えているんだ…俺は…。
 尤も…ふたりともストイックなタイプじゃないから…身体の関係が絶対無いとは言いきれんけどな…。 
ま…したいと思ったらするんじゃないかぁ…。」

 そういうことはっきり言うか…親が…こういう性格だとは思わなかった…亮は赤面した。
これまでまったく知らなかった有の一風変わった一面を見たような気がした。

 「西沢さん…有さん…て言ってたね。 西沢のお養父さんの前では…。 」

 亮がポツリと言った。
瞬時…有が寂しげな笑みを見せてまた歩き出した。

 「仕方ないのさ…。 普通の家庭とは違って俺たちは家名を背負っている。
紫苑はあくまで西沢の子でなければならないんだから…。 
 おまえが俺の後を継ぐ事になれば…おまえも自由な考え方や行動を規制されることになる…。
木之内家が歴史を終えようってこの時に…今更つまらんだろう…そんなこと。」

 有は声を上げて笑った。 
有の本心が少しだけ垣間見えたような気がした。
それじゃあ…僕に自由な生き方をさせるために…?

 有はそれ以上何も話さなかった。
父も息子も黙って家までの道を歩いた。
何だか知らないけど…今夜だけで十年分は親父と話しちゃったな…と亮は思った。





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