徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第百十一話 我々は…神…ではない…。 )

2007-01-28 16:34:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 HISTORIANの件が一段落したからと言って連携組織の仕事が終わったわけではない…。
組織は誕生したばかり…これからどう持続させ機能させるか…が重要な課題…。

 今回のように非常事態の中では、改善すべき点は多々あるものの、嫌でも協力して動かざるを得ないから機能そのものが停止してしまうことはなかったが…。

 しかし平常時は要注意…。
何事もない状況に慣れてしまうと、組織の存在そのものの必要性を感じられなくなり、結果としてその機能が停止してしまう可能性がある…。
平常時の緊張感を如何に保ち有事に備えるか…祥と執行部の模索は続いていた…。



 「じいたん…ただいまぁ…。 」

足音とともに吾蘭と来人が居間へ駆け込んできた…。

来たな…ちびギャングども…!

有は笑いながら両手でふたりを抱きかかえた…。

 毎日のように店で顔を合わせている智哉とは違って…なかなか帰宅できない有とはたまにしか会えない…。
それでも…吾蘭も来人も西沢に雰囲気が似ているこの若い祖父のことが大好きだった…。

 「ふたりの様子はどう…? 」

 子供たちの後から大きなバッグを肩にかけて両手に買い物袋を抱えたノエルが現れると、心配そうに亮が訊ねた…。
ふたりとは…勿論…ちびギャングたちではなく…西沢と滝川のことだ…。

 「いまいち…。 先生は相変わらず…紫苑命でべったりなんだけど…紫苑さんが妙におとなしくてさ…。
今までなら即パンチが飛んでたようなこと先生がしても怒んないの…全然…。 」

そう言ってノエルは肩を竦めた…。

ふうん…責任感じて気を使ってんのかなぁ…。
ノエルから袋を受け取りながら亮は思った。

 「そんなだから…先生も悪戯の仕掛け甲斐がなくて…つまらなそうなんだ…。」

悪戯ねぇ…それだけ元気なら…先生の方はまず…心配ないな…。

背後で孫たちと有の楽しげな声がする…。
チラッとそちらに眼を向けると…可愛い孫たちを前にとろけそうな有の顔…。

問題は…やっぱり…紫苑か…。



 急ぎの作品を受け取りに来た玲人が帰ってしまうと…西沢は溜息を吐きながら居間のソファに腰を下ろした…。

こんな時に限って…時間が空いちゃった…。
休みなくスケジュールが詰まっててくれればいいのに…。
忙しい時は寝る間もないのにな…。

 そう…忙しければ…何も考えなくて済んだ…。
西沢の中に絶えず湧き上がってくるもの…底知れない不安…。

 「仕事…終わったか…紫苑…? 」

滝川が声をかける…。

 「うん…。 」

返事をしながら…そっと滝川の手を取る…。
ここに居るよ…と知らせるように…。

 「じゃ…晩飯にしようぜ…。 ご免な…たいしたもの…作れなくて…。 」

スタジオを仕事仲間に任せて療養中ではあるが…完全に見えなくなっているわけじゃない滝川は…できるだけいつもどおりに分担した家事をこなそうとする…。
西沢に不安を与えないように必死だと分かる…。
分かるだけに…西沢の胸が痛む…。

 「おまえの作ってくれるものはなんだって美味しいよ…。 」

西沢がそういうと滝川はフッと笑った。

 「和がよく…そう言ってくれたなぁ…。 僕が料理を覚えようとしている頃…。
恭介…あんたの作ってくれるもんなら何でも美味しい…って…。 」

その和が命懸けで育てた滝川の才能…それを…。

言葉が出なかった…。 申し訳なくて…切なくて…。

 「紫苑…どうした…? 」

今の滝川には西沢の表情が見えない…。
筋肉の動きや…血液の流れ…は把握できても…。

膝をつき…屈み込んで西沢の顔を探る…。

 「また…か…。 おまえってほんと…泣き虫だなぁ…。 
こんな顔…子供たちには見せられないぜ…。
紫苑…おまえのせいじゃないんだよ…。 僕の自己満足さ…。 」

 それに…何かきっかけがあれば…すぐに良くなるって有さんが言ってたろ…。
心配ないよ…。
滝川に慰められても…西沢は項垂れたままだった…。

 「僕のせい…だよ…恭介…。 疫病神なんだ…。
英武の病気も…母さんが不幸だったのも…父さんと亮がつらい思いをしたのも…。
みんな…僕が生まれてきたせい…だ…。

おまえまで…こんな目に遭わせてしまって…。 」

滝川は眉を顰めた…。

 「紫苑…それは違うぞ…。 誰がそんなことをおまえに吹き込んだんだ…?
何ひとつおまえに責任はないんだよ…。 」

 巌御大…だな…。 祥の父親…西沢の祖父…という人を思い浮かべた…。
西沢に巨額の財産を遺してくれた人ではあるが…西沢を閉じ込めた張本人でもある…。

紫苑が西沢の家から出ていけないように…すべての責任を押し付けたのか…。

 「そんなの嘘っぱちさ…。 それぞれに複雑な事情があっただけのことだ…。
おまえを閉じ込めておくための方便だぜ…。 」

それを聞いて西沢は悲しげに微笑んだ…。

 「分かってる…。 それは…分かってるんだけど…そう思えてしまうんだ…。
紫苑さえ生まれて来なければ…絵里も有も不幸にならずに済んだと…祖父が口癖のように言うのを聞いていたから…。 」

 そこまで言うのなら…なぜ紫苑を有の許に返してやらなかったんだ…と…滝川は内心ひどく憤慨した。
自分たちの都合で紫苑を閉じ込めておいて…あげく虐待して…相庭が傍に居てくれなかったら今頃どんな人間に育っていたか…。

そっと西沢を抱きしめた…。
西沢の表情は見えない…が感触は分かる…。

 「なあ…紫苑…。 いつも言ってるだろ…?
僕は初恋の紫苑ちゃんのためなら…なんでもするんだよ…。
 眼のことだって…僕が余計なお節介をしたから痛めただけのことさ…。
だから…気にするな…。 」

 初恋の紫苑ちゃんは…怜雄の妹…天使のように可愛い女の子だった…。
ラブレターを渡した途端…実は弟だったと分かって大失恋…。

でも…愛してるよ…ずっと…。

 泣き虫で脆いところはあるけれど…強くて優しい紫苑…。
温かくて陽気で人懐っこくて…相当ハチャメチャだけど憎めない…。

 それは逆境に置かれた中で相庭が懸命に護り通した紫苑のパーソナリティー…。
滝川は心から相庭の尽力に感謝した…。



  亮の家から直接出勤するつもりだったノエルは、忘れ物に気付いてマンションに立ち寄った。
 管理人室の前を通りかかった時…花蓮おばさんがなにやら夢中になって読んでいる姿が見えた…。
ノエルが見ているのに気付いたおばさんは部屋の中から手招きした。

 「花蓮さん…朝から何を真剣に読んでるの…? 」

ノエルが可笑しそうに訊いた…。

 「昨日…孫に借りたのよ…。 帰ってくるまでに返そうと思ってさ…。
私の名前が載ってるって言うもんだからね…。 」

おばさんは本を差し出した。

花木桂の…少女小説じゃん…。
前に…紫苑さんが挿絵描いたやつだ…。

 「いいこと…教えてあげようか…? これに出てくる花蓮ちゃんはさ…。
紫苑さんが…花蓮さんの若い頃を想像して描いたんだよ…。 」

えぇ~っ…そうなのぉ…!

花蓮おばさんは嬉しそうに挿絵の花蓮ちゃんを見た。

 「そうねぇ…多少…面影あるかもねぇ…。
きゃぁ…なんか嬉しいわぁ…。 」

 少女のように華やいで花蓮おばさんは笑った…。
身体の方は…僕がモデルだったんだけどね…とノエルは笑顔の下でこっそりと呟いた。 
 
 ただいまぁ…と声をかけたが返事はなく…部屋はしんと静まりかえっていた…。
出かけた様子はないが…音もしない…。

ふたりとも居るはずなんだけど…まだ寝てるのかな…。

居間に置き忘れた免許証をポケットに突っ込んでから…ノエルは寝室の方へと向かった。

 ベッドの上に…眠っているというよりは折り重なるようにして倒れているふたり…を朝とは思えないほど強い光が包み込んでいた…。

 「来てたの…? この間は空間壁を護ってくれて有難うね…。 」

光に向かってノエルは語りかけた。

 「でも…珍しいじゃない…? 滝川先生が居るのに…姿を見せるなんて…。 」

まるで笑っているかのように光は揺らめいた…。

 『どうせ…眠っているのだから…居ても居なくても同じだ…。 』

それは…そうだけど…。
これまでなら…無関係な者の同席を嫌って…すぐに帰ってしまったのに…。

 『ふたりとも眠っていて貰った方が都合がいいので…眠らせた。
まさに起きようとしていたところを…申し訳ないとは思ったのだが…。
我が子の中に居る滅のエナジーの状態を知りたかったものでな…。 』

わざわざ…? それも…自分の一部なんでしょう…?
そのままで…分からないの…?

 『私の一部ではあるが…よく調べないと分からないこともある…。
化身は自分の髪の…その中の一本の状態を…見もしないで把握できるかな…? 』

 あっ…それは無理だ…。 分かんないや…。
エナジーも同じことだ…と太極は言った…。

 『我が子の中の滅のエナジーは再び眠りについたようだ…。 
何事もなければ…もうしばらくは…おとなしくしているだろう…。 

 運が良ければ…我が子がこの世に在る内は…目覚めぬかもしれない…。
その後は…可愛い実が引き継いでいくことになるが…。 』

吾蘭たちの中にも…あの魔物が…?
ノエルは不安げな顔で光を見つめた…。

 『滅のエナジーは…裁きの一族の血の証でもある…。 
我が子の中におまえの産んだ新しいエナジーが入った時に…その力がさらに増強されただけのことだ…。 
当然…その実にも受け継がれる…。 』

 滅亡の危機はいつでも身近にある…。
そう心に留めておくがいい…。

 「ねぇ…先生の眼を治せない…? あなたはすべてのエナジーの頂点でしょ?
そのせいで紫苑さん…めちゃくちゃへこんじゃってるんだ…。 」

ノエルはそう頼んでみた…。

 『化身…この男の眼が治る運命のものなら…何れは治る…。 
我々は…この小宇宙を司るエナジー…生み出し…維持し…滅ぼす…それだけの存在…。
お前たちが考えているような理想的な…神…ではないのだ…。 』

困ったものだ…と太極が苦笑した…ような気がした…。
ノエルは素直に頷いた…。

 「ごめんね…ついつい…甘えちゃって…。 
あなたがいつも…紫苑さんや僕を…助けてくれるから…。
これでも…感謝してるんだよ…。 」

まあ…できることがあるかどうか…考えてはおくが…。
あまり…期待しないでくれ…。

 そう言い残して…ふたりを包み込んでいた光は少しずつ消えていった…。
残された淡い朝の光だけが…今まさに目覚めようとしているふたりを柔らかく照らしていた…。





 
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