季節はずれのインテルメッツォ(続)

音楽、文学、絵画、スポーツ、シェパード等々についての雑記帖。

抜け道

2015年05月21日 | その他
毎日散歩をする。歩いて気持ちの良い町に住んでいるわけではないが、そうでもしないと健康を保つことができないのである。

僕の住む町は神奈川県でもとりわけ一戸あたりの面積が狭いそうで、そんな知識なしでも気が滅入る建て込み方だ。

退屈を覚えるとわけのわからぬ路地に入ってみる。袋小路になり、舌打ちと共に戻るしかない通りも少なくない。

ふと「車両の通り抜けできません」という立看板が目に入った。車は無理というならば人は通れる道理だ、とずんずん進んだら、果たして人ひとりようやく通れる隙間があり、無事彼岸まで辿り着いた。

とおりぬけ
むようでとおり
ぬけがしれ

という川柳を思い出した。

僕が中学2年だったか3年の国語の教科書に載っていた。

教師がこの句の意味を問い、僕をはじめ悪童たちが次々と珍解答を発表するのだが正解しない。

今のような進学塾のない時代である。便利なノウハウを教えてくれる人がいるわけではない。

しばらく頭を捻っていたが、ふと5,7,5の区分けにこだわらずとも良いのではないか、と気付いた。なんだ、意味がはっきりと理解出来るではないか。
通り抜け無用 で 通り抜けが知れ 通り抜け禁止という立て札のおかげで通り抜けられることが分かった。つまり僕が散歩中に発見した抜け道と同じことだ。

もちろん正解である。僕が楽曲のアーティキュレーション、フレーズ、リズムの相互の関係に気付いたのはそれより少し後だったと思われる。両者は似通ってもいる。とは言え、これは後づけの知恵である。