⬛️彼女に会わせて⬛️
俺には可愛い彼女がいた。性格は素直でスタイルも良かったが、周囲からは「え、あの女と付き合ってるの? お幸せに(笑)」と、よく馬鹿にされた。彼女は頭が非常に弱かった。高校を中退し、通信制の学校を四年かけてやっと卒業。まともな職にも就けず、派遣会社で毎日を繋ぐどうしようもない女。おまけに中学時代から周りの男に騙されては性欲処理に使われていた。友人の紹介で彼女と付き合い始めたのだが、これは彼女が妊娠しても俺に責任を押し付けられるという算段があってのことだったらしい。
付き合って一年は仲良く過ごしたが、やはり彼女と居るのが恥ずかしくなって行った。周りの目を気にしていたのは言うまでも無い。彼女は俺に甘えたり、俺の気を引こうとしていたが、それも逆に鬱陶しく感じるようになった。大学で良い結果が出せないことで苛々していた俺は、次第に彼女に対して冷たくするようになった。
ある日、胃腸炎で寝込んだ俺の家に彼女が来ることになった。嫌な予感はしていたが、予感は的中した。皿は割る、洗剤は溢す、まだ乾いていない洗濯物をベッドに放り込む、お粥は煮え過ぎて不味い。極めつけは、俺が大事にしていたエンタープライズ(戦艦)のプラモをぶっ壊したことだ。棚を掃除しようとして落っことしてしまったらしい。俺は完全にキレた。「もう、何やってんだよ!!死ね!帰れ!」と叫び、彼女を突き飛ばした。彼女は泣きながら、「ごめんね」と呟いて玄関に消えて行った。
それから一週間後、彼女は交通事故に遭った。連絡を受けて病室に入ると、医者が「ご家族の方ですか?」と聞いてきた。俺は首を横に振った。「お友達? 良かった。家族の方と連絡が取れなくて困ってたんです」そう言って医者は彼女の酸素マスクを取り、一言残して部屋を出て行った。「手を尽くしましたが、今夜が最後です」どれだけ時間が経っただろうか、深夜になり彼女が目を覚ました。崩れてゼリー状になった目から、血の混ざった涙が零れた。「ゆう君…(俺のこと)」彼女は俺の手を握った。もう、握るというほどの力も無かったが。「…ゆう君のこと考えてたら…私、信号見てなくて…」彼女の息が荒くなった。「…ゆう君の家、また行っていい? 仲直り…」「いつでも来いよ…元気になったら」彼女はニコッと笑った。「…ゆう君…」「料理も掃除も教えてやる。でもその前に怪我治せ…おい!」彼女は息絶えていた。
その後のことはよく覚えていない。医者と看護士が慌しく入って来て、死亡判定のようなことをやっているのを眺めていた。そして気が付いたら、彼女は棺桶に入っていた。のろのろと病院に来た家族の人たちは冷めた表情だった。葬式も告別式も、全てが事務的だった。悲しんでいる人は居なかった。「ああ、めんどくさい」と愚痴るやつも居たと思う。
後日、家族の人に頼まれて彼女の家を整理しに行った。古ぼけたアパートで、部屋も狭かった。相当質素な生活をしていただろう。机に日記帳があったので開けてみると、下手な字で俺との出来事が書き込まれていた。日付は交通事故の前日で止まっていた。涙が止まらなかった。『ゆう君の大せつなエンターぷラいずをぷラモデルやさんでつくった。みせの人にてつだってもらったけどじょうずにできたかな。あしたはこれをもってゆう君のいえにゆこう。おかゆもそうじもれんしゅうしたから、ゆう君は、よろこんでほしいな』
今、彼女の墓は吉祥寺にある。もし願い事が一つ叶うなら、この愚かな俺に、もう一度彼女に会わせて欲しい。