東埼玉病院 リハビリテーション科ブログ

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結核医療とCOVID-19 隔離と治療 について考える

2021年07月07日 | 臨床雑記

 

 昨年(2020年)の初め頃から日本に猛威を振るい始めたCOVID-19の全世界的な感染拡大。これに対し、日々のニュース等で報道されている通り刻々と変化する状況を当事者として経験する中で、私には「何かに似ているな~」と感じる疾患があります。それは、当院開院当時に最初に受け入れた患者の病気、「結核」です。

 

                                                 

                                                               (東埼玉病院70周年記念誌より)


当院の初期の頃は、終戦約1年前の昭和19年(1944年)9月30日に傷痍軍人の療養所として患者を受け入れ、戦後国立療養所となって一般患者を受け入れるようになると、一時期は800名を超える入院患者が在院していました。

 

                                                     


その頃の結核に対する日本の「政策」と「治療」は、どうであったか振り返ってみます。当時急速に増大していた罹患率/死亡率に対して、国は結核療養所を設立する方針としました。大阪刀根山と東京中野(江古田)が初めとなり、そこから全国的に建設が広がったのですが、感染リスクを鑑みその周囲には結核療養以外の土地利用がされないこともあり、 療養所の周囲には何もない、建設地はいわば陸の孤島のような状況になっていたようです。併せて、「治療」としては まだ薬が世界を見渡しても1つ2つがやっと出てきたような状況であったため、「大気・安静・栄養」を主とした「自然療法(=サナトリウム療法)」が行われていました。「大気」については、「外気舎」という敢えて換気のために隙間風が入る構造の2名小屋を建ててそこで療養をすることもありました。それ故、当初は治療が効奏せず亡くなられた方も多かったようです。その後、新しい結核薬の登場や有効な外科治療の確立などもあり、急速に在院患者数が減少してきました。少し話は逸れますが、当院では急速に患者数が減った分として、結核以外の患者の受け入れを、昭和42年に脳卒中後遺症の方、昭和45年には筋ジストロフィー、昭和52年には重度心身障碍児の入院治療を開始しています。


結果として結核患者さんは、周囲の生活者と分かれた「隔離」した場所で、「治療」の確立を待ち、確立されてきた時期になって初めて軽快して退院できるようになった、という様相です。後からの振り返りとしては、「隔離」されたことでの市中感染の抑制効果と、「治療」そのものの進化と、両者も効果があったと解釈されているようです。
そして当時も、罹患したことによる、「差別」「誤解(風評被害)」の問題も少なからずあり、戦中は服役できないことでの「非国民」扱い、戦後では、就職や結婚等へ影響などもあったようです。


これらをCOVID-19に置き換えて、この1年半の日本での状況を振り返ると、まだ「治療」に行き着く部分はほとんど整っておらず、急性期を何とか脱する対処療法としてのECMOや(本来的な使い方ではない)既成薬剤投与、程度です。ワクチンは「重症化防止&二次感染リスク軽減」には寄与するが、既に活動的な症状に対して治療する目的ではないので、現状「治療」としては、ほぼ「自己免疫/自己治癒能力」のみの状態です。そうなると現状の日本において感染拡大を抑制する方法としては、「隔離」「ワクチン」はあれど、現病や現ウイルスを叩く「特効薬/特効治療」は未だ持ち得ていない状態といえます。その状況下では、「隔離」「治療」のうち片方がまだ確立されてない分さすがに患者数の   大幅減少も期待できない、と言わざるを得ないでしょう。


インフルエンザの特効薬がようやく最近出始めるまでは、毎年インフルエンザが流行し、その度に一定数で横ばいの数の亡くなられた方を生じていることの証左でもあると思います。
そうなると、私たちが認識すべきは、「隔離」も効果はあるものの、そのことだけでは、感染者数を減らし切れるわけでもないことと、「隔離」することで二次的に偏見や風評被害を起こしてしまうリスクがあること、この二つをもう暫くの長期間、継続して認識すべきと思われます。


ただし、結核の当時と比較して、私たち側の大きな利点としては、「(正しい/間違った、のどちらも)情報が早く手に入ること」と「感染対策を取るための備品類が潤沢にあること」だと思います。逆に、大きな不利な点は、「感染力の強度」と「潜伏期間の長さ」でしょう。


そのため、「隔離」は罹患者を物理的な距離を取って分離する、のではなく、ウイルスを自分が吸ったり接触したりしないようにウイルスから自分を「隔離」することと、常に保菌者であると想定して動いた先で周囲にまき散らさない、ということの方が大切かと思います。それはつまり、マスクと手洗い・手指消毒で十分担保できるのではないかと思います。


そして、罹患者に対する二次的な偏見・風評被害とならないよう、他者に気配りすることも同時に必要だと思います。


私の親族に今まで罹患者が2名いました。2名ともホテル待機という「隔離」は実際行いましたが、普段からの対策をしっかりしていたこともあり、同居家族などの所謂“濃厚接触者”への感染は1名もさせずに、現在は普段の生活に戻れています。


但し、罹患したことへの罪悪感や恐怖心は完全には消えることがないとも本人たちは言っています。偏見や風評被害の有無とは関係なく既に精神的に苦しめられることを鑑みると、より一層の周囲の配慮も必要なのではないかと感じます。


継続したマスク着用・手指消毒/うがいの徹底と、罹患者への私たちの振る舞いを、常に省みながら生活していかなければ、と改めて決意したところです。

 


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