e411y(回顧録)

e411yの旅でのことを書き残しておきたいと思います。

大和郡山城の桜

2011年03月27日 | 
御殿桜は天正13年(1585年)大納言豊臣秀長が姫路から郡山へ入部、多武峰の談山神社を城北に遷座、その堂宇と供に多武峰にあった桜樹も城内に移したのがその始まりと伝えられています。

享保9年(1724年)柳澤吉里が甲府より郡山に国替えとなり、入城してから桜樹の補植があって、そのとき以来毎年春の開花期には、藩士や町民達の楽しみであったといわれています。

やがて明治となり城郭が全て取り払われたが、旧藩士達が明治13年(1880年)本丸に藩祖柳澤吉保を祀る柳沢神社を建てて、その周辺に旧藩邸の桜樹を移植し又更に数百株を補植しました。そして毎年、かがり火をたき春宵一刻を 楽しむようになりました。これが夜桜の始まりであり、その後明治44年(1911年)に至り、 樹齢も次第に老境に入り花の姿も衰えてきたので、当時の町長三木忠方は、町民に呼び掛け寄付金を募り桜樹3000本を新しく城址一円に植えるとともに、かがり火を電灯(ぼんぼり)に替え、大正10年(1921年)大軌電車(現在の近畿日本鉄道)の開通により遠く大阪方面からも見物客が訪れるようになりました。


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