中尊坊通り北側、旧今井町の東端にあります。
屋号を「大東の四条屋」といい、酒造や醤油業を営んでいました。
建物は天保(1818~1843)の頃のものとされています。
二階は一部を除きツシニ階ではなく、天井を貼った本二階となっています。
一階、二階共に6間取りです。
前面の格子戸などは細く、幕末期建築の特徴を表わしています。
また、主屋の西に塀が続き、門が作られており、ここからミセオクの裏を通って、突き当たりのナカノマに上がれるようになっています。これは、武士用の玄関として用いられていたそうです。
内部は、土間沿いにミセノマ・ウリバ・ダイドコロとなり、上手はミセオク・ナカノマ・ザシキとなっています。
ザシキには、長押をつけ、トコ・タナが付いています。ミセオクとザシキの縁側からニ階へ上がる階段がつけられています。
ドマ上部の前面寄りは、ツシニ階となっていて、他の部分は吹き抜けになっています。
屋号を「大東の四条屋」といい、酒造や醤油業を営んでいました。
建物は天保(1818~1843)の頃のものとされています。
二階は一部を除きツシニ階ではなく、天井を貼った本二階となっています。
一階、二階共に6間取りです。
前面の格子戸などは細く、幕末期建築の特徴を表わしています。
また、主屋の西に塀が続き、門が作られており、ここからミセオクの裏を通って、突き当たりのナカノマに上がれるようになっています。これは、武士用の玄関として用いられていたそうです。
内部は、土間沿いにミセノマ・ウリバ・ダイドコロとなり、上手はミセオク・ナカノマ・ザシキとなっています。
ザシキには、長押をつけ、トコ・タナが付いています。ミセオクとザシキの縁側からニ階へ上がる階段がつけられています。
ドマ上部の前面寄りは、ツシニ階となっていて、他の部分は吹き抜けになっています。