先日、ブレア首相の演説をボーっとテレビで見ていたのです。ふと感じたのは”フィリピンの人みたいな英語だなぁ”ということ。一つ一つの単語を結構はっきりと歯切れよく発音するのがそういうイメージで伝わってきたのですが、そういえば私の初めての海外旅行はイギリスへの短期語学研修。ああいう発音だったかなぁ。学校をサボってイギリス国内旅行ばっかりしていたのでどうもよく思い出せませんが、ブレア首相が英語が下手という事はないでしょうからね。
よく、”ネイティブな発音を身につける”という謳い文句の英会話学校の宣伝を耳にしますが、そう考えると”どのネイティブ?”という気にさせられます。先日、英会話学校に通っている私の友人が”結構通じてると思っているかもしれないけれど、あなたの英語は日本人英語なんですよ”と言われたという話をしていたのですが、私は英語という特殊な言語の存在位置から考えてそれでいいと思うのですが。
つまり、英語は日本語やドイツ語と違って、一応”国際語”扱いされているわけですから、日本人英語、フィリピン人英語、中国人英語、インド人英語、あって良いと思います。何もアメリカ人みたいにしゃべれる必要はないのではないでしょうか。そういう話になってくると、アメリカ人の英語が正当かイギリス人の英語が正当かという問題になってきます。
ネイティブ日本人英語。あってもいいんじゃないですかね?
それではさっそく決めてみましょう。
たとえば、日本語で”えーっと”と言うような場合、英語では”Well”とか言うのですが、今度実験してみてください。”えーっと”で100%通じます。だから、日本人英語の場合、この部分は”えーっと”を使うと今から私が制定します。場合によっては”うーん”もつかって良いことにしましょうかね。ついでに RとLの発音がはっきりしないのも正統な日本人ネイティブ発音に制定しましょう。
どういうわけか日本人は英語になると妙にコンプレックスを感じるようで、その事が旅していく上で障壁となっている事がよく見受けられます。英語での会話になったときに、早く会話を切り上げたいばっかりに、わかってもいないのに”YES”を連発する姿をよく見かけます。英語圏の人間を相手にすると日本人は究極のイエスマンと化する傾向にあります。このあたりはさすがに民主主義の国。国民の姿は政府の姿に反映され、中国や韓国といった国に対しては過剰なほどの自己主張をするにもかかわらず、アメリカに対してはイエスマン・・・・おっとまた話が怪しげな方向に向かいそうになりました。
以前も"外国での言葉"で書いたと思うのですが、言葉というのはあくまでコミュニケーションのひとつの手段であって、判っていないのに、わかったと相手に誤解させるようなコミュニケーションはトラブルの元です。"Perdon me?"とか、"I do not understand."を連発してわかるまで聴くのが吉。
聴くは一時の恥、聴かざるは一生の恥。昔の人はうまいこと言ったものです。
よく、”ネイティブな発音を身につける”という謳い文句の英会話学校の宣伝を耳にしますが、そう考えると”どのネイティブ?”という気にさせられます。先日、英会話学校に通っている私の友人が”結構通じてると思っているかもしれないけれど、あなたの英語は日本人英語なんですよ”と言われたという話をしていたのですが、私は英語という特殊な言語の存在位置から考えてそれでいいと思うのですが。
つまり、英語は日本語やドイツ語と違って、一応”国際語”扱いされているわけですから、日本人英語、フィリピン人英語、中国人英語、インド人英語、あって良いと思います。何もアメリカ人みたいにしゃべれる必要はないのではないでしょうか。そういう話になってくると、アメリカ人の英語が正当かイギリス人の英語が正当かという問題になってきます。
ネイティブ日本人英語。あってもいいんじゃないですかね?
それではさっそく決めてみましょう。
たとえば、日本語で”えーっと”と言うような場合、英語では”Well”とか言うのですが、今度実験してみてください。”えーっと”で100%通じます。だから、日本人英語の場合、この部分は”えーっと”を使うと今から私が制定します。場合によっては”うーん”もつかって良いことにしましょうかね。ついでに RとLの発音がはっきりしないのも正統な日本人ネイティブ発音に制定しましょう。
どういうわけか日本人は英語になると妙にコンプレックスを感じるようで、その事が旅していく上で障壁となっている事がよく見受けられます。英語での会話になったときに、早く会話を切り上げたいばっかりに、わかってもいないのに”YES”を連発する姿をよく見かけます。英語圏の人間を相手にすると日本人は究極のイエスマンと化する傾向にあります。このあたりはさすがに民主主義の国。国民の姿は政府の姿に反映され、中国や韓国といった国に対しては過剰なほどの自己主張をするにもかかわらず、アメリカに対してはイエスマン・・・・おっとまた話が怪しげな方向に向かいそうになりました。
以前も"外国での言葉"で書いたと思うのですが、言葉というのはあくまでコミュニケーションのひとつの手段であって、判っていないのに、わかったと相手に誤解させるようなコミュニケーションはトラブルの元です。"Perdon me?"とか、"I do not understand."を連発してわかるまで聴くのが吉。
聴くは一時の恥、聴かざるは一生の恥。昔の人はうまいこと言ったものです。
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