旅のウンチク

旅行会社の人間が描く、旅するうえでの役に立つ知識や役に立たない知識など。

午後の紅茶 in ザヘダン

2016年06月24日 | 旅の風景
 ”チャイ”というとインドのチャイが有名でシナモンやカルダモンなどの香辛料が入った濃い目のミルクティーをイメージされる方が多いと思います。パキスタンのチャイも一般的にはインドと同じでミルクティー。ところがイラン国境、バローチスタン州に入るとミルクティが少しずつなりを潜めて砂糖だけを入れた紅茶に変わっていきます。イランに入るとチャイはもうミルクティではありませんし、トルコのチャイもミルクは入っていません。どちらかというとミルクが入っていないチャイの方が一般的なのではないでしょうか。

 イランに入国して最初に泊まったのはザヘダンという町でした。
 当時、イランはまだイラクと戦争の真っ最中。ホメイニ政権下のイランへの入国は入国条件を見る限りでは今よりもずっと容易で日本人はビザ免除と優遇されていたのですが、実際に入国できるのかどうかは戦争の状況によって変わる事が予想され、不安一杯のまま国境へ行って、無事入国できたその日の宿。日本を出てからずっと懸案事項だったイランへの入国を解決した最初の1日というわけです。

 宿泊したホテルはキッチンが改装中。ホテルの従業員の勧めで改装中のキッチンにバイクを入れさせてもらって久しぶりにしっかり目に整備を行いがてら、バイクに隠してあった(!)現金を一部回収したのでした。
 
 バイクを組み立て直して一段落したら、”ビール”という感じですがイスラム教の国なので”チャイ”です。キッチンは改装中で食事はホテルではとれませんが、チャイは大丈夫なようです。1階のカフェに行ってチャイを注文します。

 カフェというとパリなどのカフェのようにオシャレな女性が居そうですがホメイニ政権下のイランでは女性はこういう場には現れません。専らおじさんたちの社交場です。常連客の前に突然現れた謎の外国人に皆興味深々です。

 ミルクティでないチャイはオシャレなガラスのコップに入ってやって来ました。ソーサーの上に角砂糖が2つ乗っています。

 甘い物が好きな私はためらうことなく角砂糖を2つともチャイの中に落としたのです。そして次の瞬間気が付きました。
 
 ”混ぜるものがない”

 ソーサーの上にも、テーブルにも、どこにもスプーンやその他混ぜるものが無いのです。そっと周囲のテーブルを伺ってみたのですが、周囲のテーブルにもありません。隣のテーブルから取ってくる作戦も通用しないわけです。

 しばらく思案した結果、私はチャイを少し飲んで減らしてから、まるで化学者がビーカーを扱うかのように慎重にグラスを回して角砂糖を溶かしにかかりました。

 その途端、周囲のテーブルからザワメキが起こりました。笑っている人、”あんなことやってるよ”と囁き合っていると思われる人々、などなど、皆の視線が私の化学実験風景に一斉に集まります。私はこわばった表情で執拗に角砂糖を溶かそうとビーカーを回し続けます。

 左斜め前のテーブルに座った若いイラン人が私に何やら合図しています。彼の方を見ると、私にわかるように大きな動作でソーサーから角砂糖を取り上げて、チャイに一瞬浸し、口の中へ放り込んで、あとを追うように口にチャイを流し込みました。

 どうやら、ここでの作法は角砂糖は抹茶の茶菓子みたいに扱うもののようです。(いまだにこれが、このカフェ特有の習慣なのか、イランの一般的な習慣なのか、はたまたザヘダンの地域的な習慣なのかわかりません。)

 翌朝、再びカフェへ。チャイを注文すると今朝は角砂糖はソーサーに乗って来ません。かわりに小さいスプーンが乗ってきて、テーブルには砂糖壺が乗っています。

 今回も皆の視線を感じます。プレッシャーです。
 
 ”もしかすると、このスプーンで砂糖を掬って口に放り込んでチャイを飲むのか?”と少し深読みしそうになる気持ちをぐっとこらえて普通にチャイに砂糖を投入、スプーンでかき回して飲んだのでした。

どうやら角砂糖が乗っかってくるのは”午後の紅茶”だけだったようです。


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