新説百物語巻之一の8、夢に見たるの龍の事
2020.4
伏見の町(京都府伏見区)に伊藤氏という医者がいた。
その母なる人は、我が家の縁(えん)の下より、龍が天にのぼると言う事を夢に見たが、心にも留めずにいた。
又次の夜も夜も打ちつづいて同じ夢を見た。
その朝、何心なく庭に出たが、ふと夢の事を思い出した。
そして、縁(えん)の下をながめると、何やらきらきらと光るものがあった。
不思議に思って、土をはらって見れば、金の龍の目貫(めぬき)であった。
近所の者にも見せ、又は知人にも皆皆見せたが、その細工は普通ではなかった。
生きている様であって、誠に夢に見た龍に、すこしも変わらなかった。
その龍の目貫を、いつも自分の針箱に入れて置いた。
七八年もすぎて、その人は亡くなったが、その次の日より、その目貫が見えなくなった。
色々と探してみたが、二度と見つからなかった。
その夜、ことの外、大夕立があり葭島(よしじま:京都府伏見区)という所より龍が天に上って行くのが見えた、と遠方から伝えられた。
「もしかして、あの龍ではないのか?」と、皆皆噂した。
その人の子は、まさしく我がかたに常に来るものである。
彼が、直接に語った話である。