河童の伝えた、家伝通風薬
「伊那の伝説」(昭和8年、岩崎清美著、山村書院)には、河童の伝えた薬の話が、収載されている。
伊那郡高遠(いなぐんたかとお:長野県伊那市高遠町:高遠藩の城下町)の殿様の内藤様は三萬三千石であった。
その領分内の川を預かる川奉行の中村新六は、中沢村の大久保に宏大な屋敷を構えて居た。
近い所を天龍川が流れていて、その深い淵の中には河童(カワランベ)が住んでいた。
時々通行人を水の中へ引つ張り込んで、しんの子 を抜くと云ふうわさであった。
この河童は、全身が真っ青で、長い頭髪を生やかしていた、と云う話であった。
或る日、川奉行の新六殿の馬が、その淵のほとりを通りかかった所、水の中から河童が手を出して馬の尻尾をつかみ、力一ぱいに水の中へ引き込もうとした。
河童は水の中に居る時は非常に力の出るものだそうである。
馬はびっくりして、これも一生懸命に引っ込まれまいと足を踏ん張り、ここに河童と馬との力比べが始った。
ややしばらくもみ合った未、河童の方が負けて、河から外へ引きあげられてしまった。
急いで、手をはなそうとしても、馬のしっぽをあまり固く手にぐるぐると巻きつけていたために、早速離す事も出来ず、もがいている間に、馬はどんどんと駈けだした。
河童は、そのままするずるずると曳きずられて、とうとう新六殿の家敷の厩(うまや)の中まで連れ込まれた。
そこで河童もようやく手をはなした。
水はないかと捜して見ると、丁度 馬槽(うまぶね)の中に水が一ぱいあったので、早速その中へ入って隠れていた。
やがて下男が、馬に餌をやろうと厩へ来て見ると、馬槽(うまぶね)の中に河童がいた。
「不届な奴」とすぐに捕まえられて、主人新六殿の前へ引きだされた。
河童は両手を合わせて拝みながら
『命だけはお助け下さい、そうしたらそのお礼に、妙薬の作り方を御伝授致しましょう。』
と頼んだので、新六殿も、殺して見た所が無益の殺生だから、と助けてやった。
河童は、大いに喜び、新六殿に妙薬の製法を教えてやり、自分は再び河の中へ帰って行った。
それからして、その薬は家伝の妙薬として子々孫々まで伝わっている。
『家伝通風薬』と言う名前で、今でも盛んに売れている。
大変に良く利く薬だそうであるが、
河童に伝授されたその部屋で製作されたものでないと、利き目ががない、と言う話である。
編者注:
~~より伝えられた秘薬とか妙薬、と言うのが、あちこちにあります。このように、権威付けて、売ったのでしょう。
このような話を、ばかばかしいと言うのは簡単です。しかし、今も、このような話で満ちあふれています。
現在でも、マーケティングの世界では、「物を売るな」、「物語を売れ」などと言う者がいる。
何も大したことが無いものでも、物語をつければ、高く売れると言うことです。
具体的にあげると、苦情がきそうです。
何かは、想像してみて下さい。あまりにも、多すぎますね。
また、物だけではなく、世の中、そういう人たちものさばっていますね。