新説百物語巻三 10、先妻後妻に喰ひ付きし事
江戸の何町と言う所に一人の荒物屋がいた。
妻を迎えて二三年にもなったが、又外に妾をかこって半年ばかりも過ぎて、本妻をうるさく思った。
何とか離縁したく思ったが、いい出すべき折りもなく、本妻に落ち度も無かったので、つくづくと思案をめぐらせた。
そして、家の中の金銀を次第に減らして、諸道具なども売り払って、次第に貧乏になったふりをした。
あるとき妻に向かって、「この様に、仕事はまじめにしているが、商売がうまく行かなくなった。
店をやめて、どこかに奉公でもしようかと思っている。
お前も、しばらく屋敷勤めでもしてくれないか。
なんとか、しばらくしたら又々一緒に暮らそう。」と、まことしやかに語った。
女房は、つくづくこれを聞いて、仕方の無いことだ、と思った。
人に頼んで、ある屋敷に物縫い奉公に出た。
そして、後で夫も、手代奉公にでも出るのであろう、と思いながら、暮らしていた。
しかし、一月たっても便りもなく、二月たっても来ることもなかった。
ある時、御供に加えられて、湯島の天神へお参りしたが、前に住んでいた町を通った。
先に住みなれし家は、今はどんな人が住んでいるのか、又何の店に変わったのであろうか、と見た。
しかし、やはり前の通りの暖簾をかけ、我が夫は、店にいて、帳面をつけていた。
店の内から若い女が、茶わんを持ち出でてきて、夫へさし出した。
夫は、つとうけ取って飲んだ。
これは何とも不思議な事だな、と思ってから心が乱れた。
参拝の帰りの御ともにも物をも言わなく、深刻な顔をしていた。
それで、同僚 傍輩(ほうばい)もどうしたのかと、
「気持ちが悪いのですか?」と尋ねるた。
「ええ、本当に気持ちがわるいのです。」と言って、帰って、すぐに打ち伏していた。
それから、毎夜、毎夜、襲われるようにうめいたが、夜があければ何の変わった事もなかった。
四五日にもすぎていよいよ夜の内は騒がしくうめき、昼は物をも言わず伏していた。
ある夜、夜中過ぎに殊の外騒がしくうめいていたので、皆々打ちよって部屋に行って見ると、正気を失って右の手に女の髪を百筋ばかり握って気絶していた。水などを飲ませて介抱したら、息を吹き返して、蘇った。
又その次の夜は、宵のうちより狂い走ったが、かん病の傍輩もくたびれて、寝てしまった。
八つ頃に至って身の毛もよだって騒がしかったのでに、皆々目をさまして見た。
すると、この度は口のふちは血まみれになり、恐ろしい顔をして気絶していた。
いろいろと介抱すると、蘇ってきた。
そして、そのまま、夜中であったが、町名主のかたへ送りかえされた。
その後、聞けば、あら物やの後妻は、夜分寝ている所に、あやしい女が来て、喰い殺された、との噂であった。
その女の同僚が、京へ帰ってきて、この様な事を語った。