『大丈夫よ』
彼は確かに、そう言いました。
薄暗い廊下から急に現れた時、私は反射的に立ち上がったので、ここまでは立って会話していたのですが。
『あ、ごめんね。座って、座って』と言われ、椅子に腰かけました。
すると彼も隣に座り、『じゃあね、これ書いててね。急がなくていいからね』とにっこり笑って書類を両手で差出し、廊下へ消えて行きました。
そこはかとなく漂うオネエの雰囲気。
頭に浮かぶ『?』マーク。
夫が救急車で運ばれるという、不安の真っ只中にいる私を気遣ってくれての演技なのか、それとも。
……真性なのか。
結構な量の書類をセッセセッセと記入していると、出た! じゃなくて来た。
『さっき1時間って言ったけどね、ちょっと長引いてる』と言いながら、スルリと横に座り、『書けた?』と書類を私から受け取ります。
書類は処置に対する同意書のほかに、連帯保証人や緊急連絡先、家族構成や家族に介護者はいるかいないか、同居か別居か、などプライベートな項目も多く、近居の要介護者(母)がいるという記入を見て、『大変ね~』とか『うん、うん』とか言いながら1枚1枚書類を確かめ、『じゃ、もうちょっと待っててね』と去っていきました。
結局2時間以上待ち、ようやく処置室の中へ。
夫は移動ベッドの上で点滴のほかに何本かの管をつけられて、酸素マスクをしていましたが、意識ははっきりしているようで、安心しました。
待合室とうって変わって広くて明るい処置室の中には、疑惑の看護師の他に先生が2人いて、症状と施した処置についての説明を受けました。
その後、先生2人が部屋を出て、一瞬だけ疑惑と3人になった時、彼は『苦しかったわね~』と言って、夫の頭を撫でたのです。
その時の夫の顔には、さっき私が待合室で浮かべた『?』のマークがはっきり浮かんでいました。
すぐに先生方が戻り、疑惑も自分の仕事に戻り、夫の近くに行った時、私達は目と目で頷き合いました。
……真性だわ!
『6時になったら、病室に上がりますからね』と、その後もかいがいしく、夫と私に優しい言葉をかけてくれた彼。
空がうっすら明るくなり始め、6時になり病室へ。
そろそろ彼ともお別れです。
もう安心よ! というように、ウインクこそしなかったけれど、にっこり笑って彼が地下の救急へと戻って行った時、朝日がキラキラと登ってきたのでした。