ラパロスコピストの夢

大阪梅田で子宮内膜症と闘うラパロスコピストのblog
子宮内膜症、子宮筋腫に対する腹腔鏡下手術はどこまで進歩できるか?

はじめにお読みください

健保連大阪中央病院に勤務するラパロスコピスト(腹腔鏡術者)のブログです。婦人科腹腔鏡下手術、子宮内膜症、慢性骨盤痛等の治療を専門としています。

このブログでは腹腔鏡下手術、子宮内膜症、子宮筋腫に関する基本的な事柄については解説していません。まず、下記のウェブサイトをご覧になることをお勧めします。
日本子宮内膜症協会
子宮筋腫・内膜症体験者の会 たんぽぽ

手術を希望される方はこちらをご覧ください。

医療相談、ご質問にはお答えしませんのでご了承ください。

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“お疲れさまでした。” 3

2014-04-10 | 腹腔鏡

日常診療として、私たちは手術を業務として行っていますが、より高度で安全な技術を習得することを日々の手術を通して学んでいます。手術室は私たちにとって業務の場であるとともに学びの場、修行の場でもあります。

そのような場所であれば、『お願いします。』で始まり『ありがとうございました。』で終わる、というのが普通ではないかと思います。終わりの挨拶で『お疲れさまでした。』と術者をねぎらう必要があるでしょうか?術者も助手もそして周りの見学者も『ありがとうございました。』と、その場で勉強させていただいたことに対して感謝の意を表べきであろうと考えます。

そうなると、術者が『ありがとうございました。』と勉強させていただいたことに感謝の意を表しているところに、助手や見学者が『お疲れさまでした。』とねぎらう、そして勉強したことに対する感謝の意を示さずに終わる、というのは、おかしなことだと思いませんか?

そういう言葉が先に出るということは、それほど勉強にはならないのでしょう。それならそれで、術者は反省しなければなりません。

勉強になったと思ったときだけ、『ありがとうございました。』というのも変な感じがします。そもそも、勉強にならない手術というのはありません。どんなヘタクソな術者の助手をしたとしても学ぶものはあるでしょう。こんな手術でも大丈夫だったということがわかっただけでも学んだことになりますし、何かトラブルが起これば、それはそれで、ああいうことをすれば危ないということを学んだことになります。

私が言っている意味は、これが、武術や武道における修行の場であったらどうかということを考えてみればわかります。

コメント
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