桜和尚ブログ

下記に引越しました
https://enden.amebaownd.com/

◆笠地蔵サンタ

2013年12月24日 | 心と体のホットケア

 



お寺でクリスマスやるの?とよく聞かれます。

子供がいる家庭のお寺であれば、一般の家と同じようにクリスマスをします。

私が育った田舎の小さなを寺でも、父である住職がモミの木を山から切ってきて

ツリーを作り、友達を呼んでパーティーなどやった覚えがあります。

今から40年も前のことです。

キリストさんが生まれたことを祝う行事というような意味は全くなく、

単なる季節のお祭りのようなもので、昭和40年頃テレビが普及すると同時に

全国に広まっていったのでしょう。

本地垂迹説と言うのがあります。(なんか歴史の教科書で習ったような記憶があります)

神仏混合の考え方で、日本の固有の神々の姿は、仏教の仏が化身として現れたものとする見方です。

天照大神(アマテラスオオミカミ)は大日如来が姿を変えて現れたものとか、

オオクニヌシノミコトは大黒天の変身だったり、とか・・

それを、クリスマスの主人公、サンタクロースに当てはめた場合、

観音様の化身と考えたらどうか、ということを言っている先生(菅原師)がいます。

私はこれに賛成です。

観音様よりは地蔵様の方が似合っているのではないかとも思います。

笠地蔵と言うお話もあるほどですから、

サンタはお地蔵さんの化身と考えたら、合点が行くのではないでしょうか。

お地蔵さんに傘をかぶせてあげたら、その夜、密かにお地蔵さんが恩返しに来てくれたという話は、

まさにサンタがプレゼントを寝静まってから置いて行くようなものです。

良い子の家にはサンタさんが来ますが、

良いことをすれば(良いことをするから)どの家にも地蔵サンタが来るよ、と子供に話せば、

子供心に、進んで良いことをするのではないでしょうか。

仏教の縁起や善因善果にも通じます。

インドで生まれた仏教が日本で花開いたのは、なんでも取り込んで

日本特有のものにしてしまうという日本人のすばらしい知恵です。

今日はクリスマスイブ。

みんなの家にも、地蔵サンタが必ずきてくれることでしょう。

 

 


◆一般社団法人として新スタート

2013年12月04日 | 震災関連

震災の年、2011の6月に発会した手あわせ桜プロジェクトですが、

新たな会の目標と事業の発展の為、

一般社団法人”てあわせ”として設立し、間もなく新たなスタートをします。

てあわせ桜は、震災を機縁にすべての命に手を合わせ祈ることと、

皆で手を合わせて協力し、希望と未来を創造することがコンセプトです。

この理念すべてを象徴するのが”花”です。

人は大切な方々に対して、花を手向け祈ることはできます。

花は、いつも見守り、寄り添い、一人じゃないよと言ってくれます。

桜は5枚の花びらで一輪となり、何千何万の花で1本の木になるように、

小さいけれど集まり支え合うことによって、大きな力になって行くのです。

 

被災地では、家族を亡くし、遊び場や自然を失った子ども達がいます。

子どもは本来、山や海などの自然環境によって心身を育むように、

子ども達が思い切って山を駆け回れるような、森林公園の整備と山小屋を建設していこうと考えます。

 

また、震災によって日本人の多くが死生観の変化を感じていると言います。

朝まで元気だった人が、夕方にはもういないのですから・・

ちょうど日本は2005年を境に、出生より死亡が多いことによって人口が減少する”多死社会”時代に入りました。

そして、待ったなしの少子高齢化。

いつ起こるともわからない、地震・津波のような自然災害。

医療や介護、社会保障は大丈夫でしょうか?

誰しもが老病死の不安を感じています。

このような時代に希望を与える言葉、それが”てあわせ”です。

人は何にもできないけれど、手をあわせて祈ることはできる。

人は一人では何にもできないけれど、皆で手をあわせて協力すればチカラと希望が湧き出でる。

どんな不安も悩みも、解決できる希望の言葉。それが”てあわせ”です。

 

老いも若きも、貧も冨も、強いも弱いもみんな一緒(シェアする)になることです。

”あわせる”とはふたつのモノが一つになること。

だから、手あわせすれば、心が一つになり、しあわせにもなれるのです。

おひとり様がますます多い時代になりますが、次の時代と世代の為に

心をあわせて、持続可能な社会(サスティナブル)を築いていきたいと思います。

一人だけれど独りじゃない。てあわせ

間もなく新スタートです。