ネットで被災地・幽霊と検索すると、たくさんの幽霊話がヒットします。
タクシーに乗車したはずの客がいなくなった・・とか
ある場所を通ると、夏なのに「寒い寒い・・}という声が聞こえる・・とか
この話を聞いて、私はこう思うのです。
それは、災害・事故で身近な死が突然訪れると、人間の心が先祖がえりするのではないか、ということです。
先祖がえりと言うのは、昔昔、人間は人の死を畏怖の念を持って接していました。
簡単に言うと恐怖の対象です。
目に見えない”霊”、この不安定な霊をアラミタマと呼ばれるものでした。
この時代、呪術的な要素の儀式などを執り行って、霊を安定させようとしました。
ところが、時代が進み、仏教が広まり、仏の威光で成仏することができるようになってきました。
さらに近代~現代には、科学技術の進歩により、目に見えないものは非科学的と言うレッテルが張られ、
魂や、霊やというスピリチュアルなものは影が薄くなってきたのです。
ところが、命に係わる非常事態(死)が身近に起きたり、大規模な災害・事故・戦争などが起きると、
人間の眠っているDNAが目覚めます。
遺伝子は昔々の縄文時代、死は恐ろしいものという記憶を呼び覚ますのではないでしょうか。
戦争で亡くなった兵隊さんの霊が、南方の島々で目撃されるということもあります。
こんな時代が進んだ文明にあっても、突然の無念の死は、霊となって見える人には見えるのでしょう。
否定はできません。
だから、鎮魂の供養が必要なのだと(私の立場から考えて)思います。
誰かが、「鎮魂とはゼロにまで引き上げる供養}と説明しましたが、まさにその通りだと思います。
ただ死を恐れ、呪文などの民間的信仰に頼っていた時代から、仏教の伝搬により
仏の功徳によって清め、成仏させることによって安心(あんじん)を得るようになりました。
このことが、日本のその時代の文明レベルを一つ引き上げたのだと思います。
幽霊は見える人には見える。感じる人には感じるのです。
霊となって現れるのは成仏しない霊です。
その霊に「あなたは亡くなったんですよ。成仏しなさいよ」
と言ってあげるのが、供養のひとつになります。
慰霊は霊を慰めるという意味ですが、その場所となるのが慰霊の場です。
民俗学者の柳田國男霊は、人は亡くなると霊になって山に向かうといいます。
そのいわれからも、15882の慰霊碑建立を被災地の地理的中心、
沿岸700キロの真ん中であり、愛大の被災地石巻(広域圏では6千人弱が亡くなっている)
に鎮魂の森をつくろうとする意味合いがそこにあります。
桜によって清められ、魂が花のように昇華することを祈る場。
生きるものと死者の交流の場。
それが、鎮魂の森の慰霊碑建立の動機であり、供養することは我々の当然の使命でもあるように思います。