天地を 照らす日月の 極みなく あるべきものを 何をか思はむ 

わびぬれば 今はたおなじ 難波なる みをつくしても あはむとぞ思う

天つたふ日ぞ 楽しからずや

2017年08月27日 | 森下佳子
信長に妻・瀬名の首を差し出す家康。織田の天下を目指した信長、天下の天下を目指した家康だったということでしょうか。

「本能寺の変」森下説。信長は武田攻めの労をねぎらうために家康を京に招く。光秀は信長がそこで家康を殺すつもりだと家康に伝えた。家康はそんなことはないと京に向かおうとした。向かう途中で、光秀謀叛の報せ。家康、井伊、今川は知っていたので「神君伊賀越え」が可能だった。

「百尺竿頭進一歩 大死一番蘇絶後」

白黒を つけむと君を ひとり待つ
天つたふ日ぞ 楽しからずや

小野但馬守政次

君が次にどんな手を打つのかをひとり待つ夕暮れは楽しいのだろうか、いや楽しくないはずはない。

「政次がいくと云うのなら、私が送ってやらねば」

次郎の打った手は、政次を極楽へと誘ったことでしょう。

「したいようにさせてあげなさい」で天国。「この世には自分しかいない」と考えるひとりひとりが力を合わせると極楽。

辞世を「面白く」と詠んだのは高杉晋作。森下佳子は政次に「楽しからずや」と詠ませた。
それが粋がりや嘘でも本懐。「永遠の嘘」は真実となり、愛である。

先にいく 後に残るも 同じこと
連れて行けぬを わかれとぞ思ふ

徳川家康

死は一時のわかれ。自分の死は後に残るもののために使う。面白く、楽しいのですから。