【八犬伝前書き】
里見氏が安房の国に旗上げした当初は、徳と義で領民に臨み、知恵を振り絞って敵を倒した。
子孫十代までに、上総と下総にまで領土を広げて、関東八ヶ国を従わせて、名将の名を得た。
その幕下に優れた家臣が八人いた。それぞれ「犬」の字がついた姓を持っており、彼らを八犬士と呼ぶ。
古代中国の賢帝、舜の部下である八元には及ばないが、その忠義を重んじる心は楠木正成の部下である楠公八臣と比べて論じても良いだろう。
残念ながら、八犬士の記録を残した者はいない。ただ世間に伝わる軍記ものと1717年享保二年に書かれた槙島昭武の著作「和漢音釈書言字考節用集」によって、わずかに八犬士の姓名を知ることができる。
今となっては、八犬士の物語の結末を知ることができないのが残念だ。何とかして知ることができないかと、昔の事柄を記した様々な文書を何度も読み返したが、まったく手掛かりを見つけることができなかった。
ある日、上手くいかないのでふて寝をしていると、南房総から客があった。
八犬士のことについて話題が及ぶと、その客の語ってくれた話は今まで私が読んできたものと大きく異なっていた。違うところを指摘すると、客はこう言った。里の言伝えにあったものなので、どうか改めて書き記して欲しいと言う。私はこの異聞を広めようと承諾した。
客は喜び、帰る段になって見送ることとした。門のそばに伏せた犬がいたが、うっかりして尻尾を踏んでしまうと、鳴き声が聞こえた。
愕然として私は気づいた。今見ていたものは、はかない夢にしか過ぎなかったのだ。辺りを見渡しても訪問客はいなかったし、門には吠える犬もいない。
客の話を思い返すと、他愛のない夢の話であったが、このまま捨ててはいけない気がした。記録することにしようと思う。半分忘れてしまったが、もはやどうすることもできない。
密かに中国の故事と結びつけることによって、この物語を綴る。
里見義実が龍を語るの話は、王丹麓の記した「龍経」。
霊鳩が手紙を滝田城に伝えるのは、唐代の政治家張九齢が伝書鳩を利用していた故事に。
伏姫が八房に嫁いでいくのは、古代中国の高辛氏が娘を盤瓠(ばんこ)という犬に嫁がせた故事に習っている。その他たくさんの故事を引用している。
数か月で五巻を書いたがまだ少ししか書けておらず、まだ八犬士の列伝にも至っていない。
しかし出版社が原稿を奪い、印刷してしまった。
題名を尋ねられたので、あまり良く考えずに「八犬伝」と命名した。
1814年文化十一年秋九月十九日。筆を著作堂下の紫鴛(おしどり)池で洗う。
簑笠陳人こと滝沢馬琴
【注釈】
世にいう里見の八犬士は、
犬山道節
犬塚信乃
犬坂毛野
犬飼現八
犬川荘助
犬江親兵衛
犬村大角
犬田小文吾
の八人である。
その名前は軍記に見ることはできるが、詳細は良く分からず、残念である。
よって古代中国の高辛氏の皇女が犬の盤瓠に嫁いだという故事に習って、この小説を創作し、因果応報を説いて読者の眠りを覚ましたいと思う。
最初の五巻では、里見氏が安房で勃興する話を書く。またこれは中国の「演義の書」風に書いているので、軍記ものとは違う。
小説の形を取って、ことわざや故事を交えて、面白おかしく綴っていくのは、初めから娯楽小説だからだ。
第八回の書では堀内蔵人貞行が犬懸の里に子犬を拾う話から、第十回では里見義実の息女伏姫が富山の奥に入山する下りまでは、物語すべての発端なのである。
二集三集に及んで、八人それぞれの列伝がある。新年の春毎に新刊を出していくので、完成するには二、三年掛かるだろう。
簑笠陳人 注釈
【目録】
南総里見八犬伝 総目録
第一回 里見季基、遺訓を残して義に死す/白龍、雲の間を飛んで南に向かう
第二回 一本の矢を放って、義侠の者、白馬を誤って射る/両郡を奪って賊臣、富を得る
第三回 安西景連、麻呂信時、暗に里見義実を断る/杉倉氏元、堀内貞行、災厄と知るも舘山行きに従う
第四回 里見義実、小湊に義を集める/垣の内に金碗孝吉、仇を逐う
第五回 良将、策を退けて衆兵、仁を知る/鳩が書を伝えて逆賊の首を取る
第六回 里見義実、蔵を開いて二郡を潤す/金碗孝吉、君命を承りて三賊を滅ぼす
第七回 安西景連、奸計により麻呂信時を売る/金碗孝吉、節義により義実の元を辞す
第八回 行者の岩窟で翁が伏姫の人相を観る/瀧田の近くで狸が子犬を育む
第九回 誓いを破って安西景連、両城を囲む/戯言を信じて八房、首を献上する
第十回 禁を犯して、金碗孝徳、女性を失う/腹を裂いて伏姫、八犬士を走らす
はじまりがこんなだったとは知りませんでした。