6月9日午前1時ごろ、眠りにつこうとしていた首相、安倍晋三に報告が入った。この日は私邸ではなく、首相官邸脇の公邸に宿泊していた。
「中国艦船が尖閣諸島の接続水域に入りました……」
目覚めた安倍は付近に展開する海上自衛隊の護衛艦の動きを問い、素早く指示を出した。緊迫した中国のジャンカイ1級フリゲート艦の進入事件の謎を解くカギは、その3時間余り前にあった。
■「黙契破ったのは日本」という強弁
「日本の軍艦が先に接続水域に入った。そして中日双方には、艦船を接続水域に入れないとの黙契がある。中国海軍は既に東(シナ)海海域の巡航を常態化した。今回は監視中に日本艦の行動を察知し、緊急対応した」
共産党機関紙、人民日報傘下の国際情報紙、環球時報が伝えた中国の主張だ。簡単にいうと、先に進入したロシア艦の動きは無関係で、日本艦が先に「黙契」を破ったため中国艦船も進入した、との趣旨だ。
もちろん中国の言う、日中の密約を意味する「黙契」など存在しない。尖閣の実効支配を確立している日本は、無用な摩擦を避けるため、通常、海上保安庁の巡視船が対処しているにすぎない。中国政府は、領土問題の存在を認めよと迫る際、「日本は過去に『棚上げ』を認めた」と主張する。「黙契」の存在の主張は同じ論法だ。
友であるロシアの艦隊が『航行の自由』を標榜して釣魚島(尖閣諸島の中国名)の接続水域に入っても見過ごす選択肢はある。だが、日本の軍艦が入った場合、我々、中国も入らなければならない。そして排除する必要がある。そうでなければ日本の実効支配を崩したとはいえない」
この論理を真に受ければ、もし日本の護衛艦が尖閣諸島を守るため領海に入れば、中国艦も侵入する可能性が高くなる。戦闘になってもおかしくない。極めて危険な状態だった。
忘れてならないのは、中国が2012年秋以来、「日本の実効支配を崩した」と公言していることだ。日本の尖閣国有化を逆に利用して中国公船が領海を侵犯。その後も定期的に接続水域、領海に入っている。それでも、これは中国海警局所属の公船だ。日本側で対処するのは海保の巡視船になる。双方が厳しく対峙しても軍ではないため即、戦争にはならない。
今回はロシア艦の進入が誘因とはいえ、日本艦が接続水域内を航行した。中国側は「新たな事態で放置できない」いう論理でプレーアップした。「見過ごせば中国海軍が上層部から叱責されかねなかった」。こんな見方もアジアの外交・安保専門家の間にはある