「日本はスパイ天国」現状の法律では防げない産業スパイ 日本の最先端技術が中国軍の兵器開発に流用される可能性も© FNNプライムオンライン
6月15日、警視庁公安部は国立研究開発法人で主任研究員を務める中国籍の男を不正競争防止法違反の疑いで逮捕した。逮捕された中国籍の権恒道容疑者(59)は「産業技術総合研究所」の主任研究員で、2018年に自身の研究に関する情報を中国の民間企業にメールで漏洩した疑いが持たれている。
権容疑者が所属していた「産業技術総合研究所」は年間600億円以上の国費が投入されていて、日本の経済発展に繋がる研究開発を目的とする国立研究開発法人の一つであった。警視庁公安部によると、漏洩された情報はフッ素化合物の合成に関する先端技術で営業秘密に当たるという。
実際、中国帰国後には中国の国内法である国家情報法(「いかなる組織及び個人も国家の情報活動に協力しなければならない」2017年6月施行)のもとで情報が流出する可能性もある。
中国軍の先端兵器開発に関わる「国防7校」
今回の事件で特筆すべきは、主任研究員の経歴だ。男は南京理工大学出身で、その後北京理工大学の教職も歴任していた。
この2つの大学は「国防7校」と呼ばれる(北京航空航天大学、北京理工大学、ハルビン工業大学、ハルビン工程大学、南京航空航天大学、南京理工大学、西北工業大学)うちの2つで、中国政府(国務院)の工業情報化部に属する国防科技工業局によって直接管理されている。この「国防7校」は、中国の「軍民融合発展戦略」の中核を担い、軍と密接な関係にあるとされている。
さらに、逮捕された主任研究員が所属していた北京理工大学は、経済産業省が指定する大量破壊兵器等の開発の懸念が払拭されない外国所在団体「外国ユーザーリスト」に掲載されているほか、オーストラリア戦略政策研究所(オーストラリア政府によって設立)も中国の軍や国防分野と関係の深い大学とみなして公表するなど、警戒が高まっている大学の1つであった。
そういった危険性が指摘されている中で、日本の国立研究機関が「国防7校」の出身者を受け入れ、主任研究員になるまで背後に何があるのかを調べてこなかった結果、今回の事件は起きた。産業技術総合研究所は「採用の際に事前審査しているが、採用後については十分な調査ができていなかった」とコメントしている。
これに対して元公安警察関係者は「日本の場合は受け入れ側が性善説に基づいて採用していることが多いが、先進国の多くは日本よりもはるかに厳しい実態調査、管理を行っていて、特に懸念国と呼ばれるロシア、中国、北朝鮮に関する見方は徹底している」と話す。
「軍民融合発展戦略」と技術・情報の流出
中国では、2015年3月に行われた全国人民代表大会で習近平国家主席が、経済発展と国防建設を一体化する「軍民融合発展戦略」を国家戦略に引き上げ、その後も今日に至るまで経済力のみならず、軍事力や安全保障体制の強化を推し進めている。
現在、半導体やAIなどをはじめとする軍事転用が可能な新興先端技術を巡る競争は激化しているが、そういった中で、中国は今後も日本の大学・研究機関や企業への硬軟織り交ぜた接近を続け、先端技術の「獲得」を試みるものと見られる。そうして「獲得」した先端技術は、中国の経済発展に繋がると同時に、間接的あるいは直接的に中国の軍事力強化を支えることになる。そのため、中国が軍民融合の対象としている先端技術の分野で協力・支援を行うことのリスクを十分に考慮し、分野ごとに協力する、しないを明確に線引きする必要があるだろう。
高まるセキュリティ・クリアランスの必要性
中国による西側諸国の先端技術の流用は、これまでにも多く指摘されてきた。しかし、日本には産業スパイを直接取り締まる法律はなく、その結果「日本はスパイ天国」と言われる状態になっている。
中国の安全保障政策に詳しい京都先端科学大学の土屋貴裕准教授は、今後の日本の対応について「早急なセキュリティ・クリアランスの対策や人的セキュリティを強化するとともに、諸外国と同様に技術の盗取への罰則強化や流出の抑止を目的とした実効性のある法整備が必要」と指摘する。
――セキュリティ・クリアランスとは?
セキュリティ・クリアランスとは、公的機関や関連する民間企業が安全保障上の機密情報を取り扱う職員に対して、その適格性を確認する制度で、日本以外の先進諸国では、一定の経済に関する事項を含む重要情報を取り扱う者にセキュリティ・クリアランスを付与する制度があるが、日本では同様の制度となっていない。日本では「国防7校」出身であっても区別なく、国公立大学や国立研究開発法人の研究員になれる。さらには、これらの国立大学や研究機関が「国防7校」を含む、軍や軍事産業と関連のある大学、研究機関と共同研究を行っている事例も少なくない。こういった背景を踏まえ、外国人の研究員や留学生などについては、バックグラウンドチェックや継続的なモニタリングなど、対策の強化が早急に求められる。
――実効性のある法整備とは?
現在、中国はもちろん、韓国や台湾でもスパイ行為に対する法律は整備されている。中国ではスパイ行為に関わったとして日本人が拘束されるケースがたびたび表面化している。こういった事を考えると、日本もこれに同等、対応した法律が必要になってくる。
中国外務省は6月19日、中国籍の主任研究員が日本で逮捕されたことを受けて、「外交ルートを通じて日本側に重大な懸念を伝えた」とした上で、「日本側が着実に法治と市場経済と公平競争の原則を尊重し、両国の科学技術交流と協力のために良好な環境を作り出すよう希望する」と述べた。
元公安警察関係者は今回の事件について、「こういった事件は国と国とのやりとりも考えなければいけないので、逮捕するタイミングも意識せざるを得ない。特に相手が中国だと色々な事情も考慮しなければいけない場合がある」と現状の日本における捜査の難しさを語った。
また、別の警察関係者は「日本も過去にスパイ活動を直接取り締まる法律をつくろうとしてきたが、警察の権力を巨大化させ人権侵害の危険が極めて大きくなるとされ法案提出は見送られてきた。今回のような事件が起きても、スパイ活動に対応した法律の制定に対して世論の支持を受けるのは難しいだろう」と分析する。
一方、中国では7月1日から、改正された「反スパイ法」が施行される。これにより中国でビジネスなどを行う外国人への監視や取り締まりは、さらに厳しくなるとみられている。
(FNN北京支局 河村忠徳)