趣味と老後と

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大阪は日本橋

2012年11月13日 | Weblog

最近そう言えば
コンピュータや電化製品の
日本橋(大阪)へ行ってません
天王寺動物園のごく近くです

今から30年ほど前
日曜日になると
よく自転車で行ってました

任天堂がトランプの会社から
家庭用ゲーム機ファミコンを駆って
大躍進するかどうかの頃です

ビデオは
VHS-Cや8mmビデオの時代でしたか
少しアト1985年頃の
ソニービデオカメラ CCD-M8

一世を風靡した
「パスポートサイズ」CCD-TR55は


このアト198
9年位に世に出てきます

当時の日本橋(大阪)は
洗濯機やテレビ、蛍光灯、掃除機、ステレオなどの
家庭用電化製品が1階メインフロアーに
ところ狭しと一杯展示されていました

ある日それが
コンピューターと、その関連機器で埋め尽くされ
電化製品は
2Fへ移動しました

その時のことは
今でもよく覚えています
「時代の流れを今見ているんだなぁ~」と
思いました

現在の
パソコン業界を
「ウィンドウズ規格」で
世界制覇したマイクロソフトも


iPodの大躍進中の
アップルも存在していましたが

まだまだマニアだけの会社でした

わたしも
日本のアスキーと提携している
マイクロソフトという小さな会社がある、
程度にしか知りませんでした
(ゲームカセットの最後にマイクロソフトの
ロゴが小さく表示されていました)

日本では
NECがPC98系、88系のパソコンで
シャープはメビウス前のMZ系、X系、X6800、で
富士通はFM7系のパソコンで
ソニーや松下、日立は共通規格の
MSXパソコンで参入

しのぎをけずっていました

ソフトバンクの孫正義さんは
この頃
これらの機種ごとに月刊誌を出していた
発行人でした


今は老境に入っている評論家

田原総一郎さんは
新進でシャープのパソコンX6800の
説明を雑誌に書いたりしていた頃でもありました

栄枯盛衰

その後バブルが来て
21世紀は日本の一人勝ち
世界を制覇するような勢いでしたが

「おごれるもの久しからず」・・・
トホホな日本になってしまいました

わたしも
流れ流れて過ごしてきて
今は生家へ戻って
日々「ネコ」相手に奔走する日々を
過ごしています

 

♪今は何を語るべき~♪

北帰行でも歌って

あの頃の日本の栄華を偲ぶとしましょうか

♪ 窓は夜露にぬれて・・・
 
 カ~ン!  
鐘ひとつでした 残念!

 

コメント
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