先月、あまりに無人で驚愕した銀閣寺に倣い、普段は人だかりで落ち着かない龍安寺へ久しぶりに出かけました。
もう・・・、10年ぶりぐらいでしょうか。
10時前、ご覧の通りの状況です。
こちらは鏡容池沿いの「龍安寺垣」。
今日は最低気温0度の厳しい冷え込み。雪がちらついています。
空には雲があったりなかったり、急に日差しが強くなったかと思うと翳ったり・・・。
激しい光の変化と裏腹に、庭は静寂そのものです。
奥から。
15の石が据えられているはずなのですが、何度数えても14しかない!
それもそのはず、見えないように据えられているのです。
「なんかいじわる〜」って思いますよね。
それにはちゃんと理由があって・・・、
15は十五夜=満月=完全を意味します。
しかし、完全なものは満月と同じく欠ける=崩れゆくので、ひとつ足りないことで不完全なものにするのです。
七五三の庭、と呼ばれる所以です。
(「虎の児渡し」など、諸説あるうちのひとつ)
白砂はとても繊細に砂紋が描かれていて、穏やかで端正な印象です。
雲母の輝きはまさしく波に戯れる光の乱反射
これだけ間があって間抜けにならない石の選び方、配置、超絶技巧です。
白砂の穏やかな印象を裏切るように、石は結構鋭い形のものが選ばれています。
特に前方の石ほど厳しい表情。
最奥の石は少しなだらかな稜線で、お供の石はまるで磨かれたかのようにツルんとしています。
やはり遠近法が意識された上での石の選別でしょうか。
築地塀は50cmほど手前から奥に向かって低くなります。分かるかな?
この高低差(遠近法)が狭隘な庭を広く見せる視覚効果を生み出している、と言われています。
作庭時期も作者も庭の意味も謎だらけの龍安寺。
自分だけのストーリーを見つける自由が許されている、ということですね
ただ、ひとつびっくりしたのがこちら。
江戸の京都旅行ガイド、都林泉名勝図会に描かれた龍安寺石庭。
築地塀の向こうは、松!
今は枝垂れ桜が有名ですが、その優しい風情とは全く異なる格調高い雰囲気。
応仁の乱や江戸期の火災で方丈が消失しているので、少しずつ変化してきたのでしょうか。
ロマンあふれる庭ですね。
ここから等持院へ向かいます。
モーニングを食いっぱぐれてしまったので、途中のCafe山猫軒で早めのランチ。
温まりますよ〜とオススメしていただいたシチュー仕立てのココットハンバーグ。
寒い日は煮込み料理が恋しくなります。