碓氷峠鉄道文化むらの続きです。鉄道展示室の奥の西室に行きましたが、ED42-1の展示位置の照明がなぜか消えていて、上図の軌道モーターカーTMC200Bだけに照明があたっていました。ぐるりと回って一通り見て、このTMC200Bのようなマイナーな車輌でもちゃんとNゲージで出ていることを思い出しました。
TMC200BのNゲージは、ワールド工芸から出ています。が、2万円ぐらいする高額商品なので手が出せません。でも、ED42形機関車のほうは手元にありますから、いつか経済的に余裕のある時にTMC200Bを買おうと思います。
外に出て、屋外展示場へ行く途中で、信越線新線跡のトロッコライン上を上図のEF63形がゆっくりと走っているのを見かけました。既に数人の見学客が線路わきでカメラやスマホをかまえていたので、この日が例の運転体験および実技講習日にあたっていることを思い出しました。
しかも2輌を繋いだ重連の状態でした。かつての信越線碓氷峠越えの推進機関車の勇姿をみるようでした。低いブーンという、腹に響いてくるような音が、EF63形のモーターの独特のそれであるようでした。
屋外展示場に入りました。前回じっくり見られなかった車輛を見よう、と車輛配置図を見ながら園路を西に進み、上図のDD51-1の横の階段を登って後ろの車輛へ近づきました。
DD51-1の後ろにあるキハ58-1です。これを前回見ていなかったんだ、これを今回はしっかりと見ておこう、と思いつつ近寄りました。なにしろ1号機です。いま日本各地に保存車が10輌あるかないか、ぐらいの希少車にあたりますから、その1号機というのは大変に貴重で価値があります。
私が中学生の時、父に勧められて一人旅を始めた頃、国鉄の各線で走っていた気動車といえばこのキハ58形が殆どでありました。緊張しつつもワクワクしながら一人で時刻表を調べ、運賃を調べて切符を買い、母が作ってくれたボリュームたっぷりの弁当と大きすぎるぐらいの水筒、その他の持ち物をリュックに詰め、駅で列車に乗る際に記念に写真を撮っていたのですが、今アルバムでこれらの写真を見ると、たいていはキハ58系でした。キハ58か同系列のキハ28、キハ57でありました。
周知のようにキハ58系は、製造数が1823輌にも及び、日本国産のディーゼル動車としては史上最多を誇っています。一時期は国鉄に在籍する気動車総数の3割を占めたこともあり、父の勤務先の日本車輛も多数を製造していましたから、父の遺品の鉄道関連資料や図面類にもキハ58系のそれが相当数含まれています。DMH17Hディーゼルエンジンや液体変速機の組み合わせの細かい図面などをみた記憶があります。
キハ58-1を見た後、車輌群の中をすり抜けて西側に出ました。西の高台に上図のEF63形と189系が並んでいました。EF63形の2輌は動態保存機としてトロッコラインでも走っている11号機、12号機、24号機、25号機の4輌のうちの11号機、12号機でした。さきに見かけた、徐行運転している重連が3次車の24号機、25号機でしたので、つまりは上図の2輌は1次車であるわけです。
それで、Nゲージのほうではこの1次車のタイプが中古品市場でもなかなか入手出来ない事を思い出しました。嫁さんがヤフオクで一週間探し続けても、全然出品例が無いほどです。古い時期の製品でリニューアルもされておらず、新品ではもう買えませんから中古品を探すしかないのですが、希少品であるためか、未だに見つけられていません。
こちらはEF62形の1号機です。全部で54輌が製造されたなかの、最初の試作機にあたります。昭和三十七年(1962)に製造され、同時期に製造されたEF63形1号機とともに試験運転に投入され、EF63形の特徴や不備や内部機能などのチェックや初期データの構築に貢献、それらの成果をふまえての諸改良が行われ、量産型の2号機以降の1次車、25号機以降の2次車が製造されています。
外見をパッと見ると、前面窓上に水切りが無いのが分かります。量産型の1次、2次車との分かりやすい識別点の一つです。
この1号機も、唯一無二の試作車タイプですから、Nゲージ化されていません。と言うか、基本的に試作機というのはNゲージ化されないと聞いています。
そのEF62-1の続きに10系客車のナハフ11-1、その向こうにEF63-1が見えました。両方ともまだ見ていませんので、後でじっくり見よう、と考えて次に移動しました。
向かいのEF65形の520号機は車体の塗り直し修復中でした。その後ろの上図の電気機関車もまだじっくり見ていなかったな・・・、ええと、EF60形の501号機か・・・。
そのEF60形の501号機です。前回は流し見たにとどまりましたので、今回はじっくりと見ました。Nゲージで買おうかなと検討中の1輌がこのEF60形であるからです。
ゆるキャンに登場する鉄道車両をNゲージで揃える事を始めてから、ここ「横川鉄道博物館」の展示車輌についても作中に出ているのを3車種ほど揃えようと考え、EF62、EF63、ED42の3車種を嫁さんに頼んでヤフオクで落札して貰いました。
それらとは別に、川本氏が「日本の鉄道技術史においても重要な存在やった車輛が幾つかあるんで、そのうちの1、2輌ぐれえは揃えといたほうがええんと違うか」とけしかけてくるので、ならば、嫁さんの「山陰線ジオラマ計画」にて集められている車輌を別にして、まだ我々の手元に無いのを1輌ぐらいは入れることにしました。
最初はEF65形を考えたのですが、既に嫁さんの「山陰線ジオラマ計画」の車輌として購入済みでしたので、次の候補としてEF60形はどうかなあ、と考えたのでした。
向かいのEF59-1です。これは前回じっくり見たので、次へ移るべく、横目でサーッと見ました。
EF59-1の後ろのEF80-63です。これも前回じっくり見ましたが、待てよ、と気付いて立ち止まりました。これは確か国鉄でもJRでも常磐線や水戸線の電化区間の専用機だった筈、西日本での運用は無かった筈、と思い出しました。したがって嫁さんの「山陰線ジオラマ計画」の車輌にも含まれていません。
しかもこの63号機が、63輌が製造されたEF80形のラストナンバーで、現存唯一の保存機です。これは歴史的かつ産業技術史的にも価値が高い、と思いました。さきにNゲージの購入候補にEF60形を考えましたが、こっちのEF80形のほうが良いかもしれないなあ、と思い始めました。
なぜならば、私の手元にも嫁さんの「山陰線ジオラマ計画」の車輌群にも、赤い車体の電気機関車は全く無いからです。1輌ぐらいは有った方がレイアウトの景色も見栄えがするかもな、と思いました。 (続く)