2020.09.10
福島 香織
KAORI FUKUSHIMA
奈良県生まれ。大阪大学文学部卒業後、産経新聞社大阪本社に入社。1998年に上海・復旦大学に1年間、語学留学。2001年に香港支局長、02年春より08年秋まで中国総局特派員として北京に駐在。09年11月末に退社後、フリー記者として取材、執筆を開始する。著書多数。
「習近平が大迷走…! いよいよ追い詰められた「中国経済」のヤバい末路
起死回生策の「一手」を打ち出したが… 」
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10月に開催される中国共産党中央委員会第五回全体会議(五中全会)で、第14次五か年計画(2021―2015年)と2035年遠景目標提案が制定される。
中国の中長期的経済の方向性を決めるこれら重要な政策について、おそらくキーワードとなるのは「双循環」という概念だろう
だが、これは今年5月に初めて登場した新語で、具体的にどのようなものなのか漠然としすぎている。特に米国が中国の人権侵害問題や南シナ海の人工島建設にかかわる企業や官僚にたいして厳しい制裁を行い、中国がグローバル経済からデカップリングされつつある中で、この「双循環」が中国経済の起死回生を導くことができるのだろうか。
そもそも双循環という言葉は今年5月14日、中央政治局常務委員会会議で提案され、その後、全人代(全国人民代表大会)と全国政協(全国政治協商会議)の両会で行われる分科会でも討論のテーマとなった。
習近平総書記は全国政協の経済界委員会の場で国際情勢を分析しながら、国内需要を満足させることを立脚点にして形成した「国内大循環」を主体とした、国内・国際の二つの循環を新たな発展スキームとするという考えを「双循環」の定義として説明。7月30日の中央政治局会議でも同様の定義が再度強調された。さらに習近平総書記は7月21日に企業家座談会を招集し、「大循環」と「双循環」に内在するロジックを説明。8月に洪水被災地の安徽省を訪問したさい、合肥で開催した幹部会議で、安徽を含む長江デルタを「双循環」とリンクさせる最初地域に指定している。
8月24日の経済社会領域専門家座談会でも十四次五か年計画の時期に構築する新たな発展スキームとして、この「双循環」について言及。9月1日に習近平が召集した中央全面深化改革委員会第十五回会議でも、改革のアングルから「双循環」について述べ、新たな発展スキームが強大な動力を構築するのだと強調した。
このように習近平が繰り返し述べている「双循環」については、当初は、海外のエコノミストたちは「国内大循環を主体とする」という表現に注目し、これまで世界の工場としてグローバル・サプライチェーンの重要な位置に組み込まれていた中国は、国内の経済循環を主体に「自力更生」の計画経済に回帰するということではないか、と考えた。
おりしも、米国の圧力で、ファーウェイなどのハイテク企業や中国交通建設集団などのインフラ建設企業などが米国主導のグローバル・サプライチェーンからデカップリングされつつあった。この結果、かつて経済が東西両陣営にわかれていたように、西側自由主義社会と中華的全体主義社会の二つの経済圏に分断され、ブロック化するとの予測があり、そうした予測に対応した経済スキームが「双循環」だとうけとられた。
だが、こうした海外の論評に反するように、習近平は「新たな発展のフレームワークはけっして閉鎖された国内循環のことではない」「むしろ、わが国の発展段階の環境条件の変化に基づいていえば、わが国の国際協力と競争のあらたな優勢を形づくるための戦略的選択だ」とも説明した。
本当のところ、どんなスキームなのか。
。。。中略。。。
「アジア地域の経済の一体化」は、習近平が第13次五か年計画にも盛り込んだ一帯一路戦略に通ずるものであり、要するに西側自由主義社会主体のグローバルチェーンとは別に、アジアも含めた中華圏経済のサプライチェーンを大内循環、と考えているようにも見える。
中国社会科学院世界経済・政治研究所所長の余永定はこれまでのグローバル・サプライチェーンの一員としての中国経済の成功を「国際大循環」と位置づけ、これから「国内大循環を主体とする双循環相互促進スキーム」に徐々に移行していくという考え方を示した。
これは国際大循環を単純に否定する、放棄するということではなく、アウフヘーベン(矛盾するものを更に高い段階で統一し解決する)だ、と説明している。
これを実現するためには中国は独立した完璧な産業構造を打ち立てる努力をしなければならず、重要なのは食糧とエネルギー安全を確保したうえで、中国を製造強国にする必要がある、としている。また国内で独立した完璧な産業構造を形成するための様々なイノベーションを実現するためには、これまで以上の人材育成への投資が必要だとも。
その上でGDPの対外依存を減らし、国際貿易収支のアンバランスを是正し、また中国が海外にもつ2兆ドルの海外純資産を国内にもどし、東南アジアに進出している企業、工場を中国内陸に移転させ、グローバルチェーンの中の中国の位置づけを調整してもっと中国市場に寄せるべきだ、としている。
いずれにせよ、中国経済が地縁政治の矛盾によっていままでのグローバル経済の中で生存し続けることが難しいとの判断から、新たな経済スキームの必要性に迫られている、ということには違いない。
問題は、米国の中国デカップリングが、単なる産業チェーンからの排除にとどまらず、ドル基軸体制からの排除に至る可能性だ。
そう考えると、中国の双循環の成功の肝は人民元決裁圏の確立であり、米ドル基軸体制とは異なる人民元基軸が打ち立てられるか否かということになる。
これまでの人民元の信用の裏付けは、中国の外貨準備、つまり米ドルあってこその人民元だった。それは米ドルが圧倒的な経済シェアを支配し、米ドルの信用が圧倒的であるからだ。この構造の再構築を狙って中国が目下準備しているのが「デジタル人民元」「人民元仮想通貨」ということになる。
デジタル人民元がどれほどの利便性をもつものになるかは今のところ不明だが、中国政府が完璧に追跡可能で高速決済ができコストもほとんどかからないデジタル人民元を法定通貨として使用し始めれば、少なくとも米ドル基軸の中でこそ有効である金融制裁に苦しむ北朝鮮やイランなどの国家は飛びつくかもしれない。
興味深いのは、「双循環」がどういったものであるかについて、経済を主管するはずの李克強首相の言及がほとんどない=反対者は幽閉か=ことだ。
習近平は8月24日の経済社会領域専門家座談会で林毅夫や鄭永年ら中国を代表するトップエコノミストを招集したが、このとき李克強首相は臨席しなかった。=反対者は幽閉か=。この会議はあたかも習近平の9人の経済ブレーンのお披露目という印象があり、この座談会は第14次五か年計画の策定に習近平は李克強をかかわらせないという意思=反対者は幽閉か=を見せるためのパフォーマンスではないか、といった憶測も一部で出ていた。
一般に、李克強は民営経済(特に中小零細企業)重視で改革開放推進派、習近平は「公有制主体は揺るがない」と強調し国有経済重視の計画経済回帰派という正反対の方向性を打ち出しているかのように見えるが、第14次五か年計画に李克強がどれほどかかわるかは、秋の五中全会の注目点の一つでもある。
私個人=福島 香織 =の見方をいえば、双循環が成功するか否かの決め手は、やはり経済の市場化、法治化、民営化であるとみている。
賈康の指摘のように、改革開放の深化が前提である。経済の発展はそれがどのようなスキームであっても、自由と法治の下のフェアで活気のある競争の中で、初めて実現するのだと思う。
習近平を核心とする党が経済を含めてすべてをコントロールする、という傲慢さを改めないかぎり、起死回生、というのは困難だろう。