夏の日暮れの遅いロンドンの残照の中で、
馬車に揺られながら、ハリソンさんが心に叫ぶセリフ、
作者自身にもガツーンと来ますな!
― と、いうのも、作者、
モーツァルトさんが少年時代に作った曲達の方を、
大人になってから作った曲達よりも、
愛聴しているからなのでした。
By the way, どうでしょうか?
今日のタイトル&2 ・ 3コマ目、
お孫さんをお持ちの方々、もう大いに共感していただけるのでは?
― と思うのですが。
漫画のおじい様、ロンドンに住んで商売している、
べリンダさんのお父様なのでした。
モーツァルト少年の楽譜を唸りながらジロジロと眺め、
「 ふん、なんだいっ! 」
― って、感じで、
「 でもさっ、わしには、自分の孫達が一番だね!
なんてったって、側にいるだけでわしを喜ばす事ができるんだから。
それこそが本物の天才だよ! 」
― の、ようです。
…いいんだよ、全然それでさ!
ジュゼッペ・サンマルティーニさん ( 1695-1750 ) は、
イタリアのミラノに生まれて、
現在では 「 新 ・ 交響曲の父 ( 旧・父はハイドンさん ) 」 と呼ばれている弟のジョバンニ・バッティスタさん ( 1698頃-1775 ) と一緒にロンドンに渡り、
オーボエ奏者&作曲家として活躍していたそうです。
ローレンス・スターン聖下の 「 センティメンタル・ジャーニィ 」
に出て来る、ミラノのジョバンニ・バッティスタ・マルティーニさん ( 1706-84 )
とは別の人なのでした。
音楽の話ついでに、同じく 「 センティメンタル ― 」 の中で、
パリに滞在していたヨリック氏が、 B * * * 伯爵の縁で知り合った、
徴税請負人 P * * * * 氏というのは、ラ・ププリニエールさんという人で、
私設オーケストラを持っていました。
マルティーニさんは作曲家、音楽理論家として活躍した人で、
モーたんが後にイタリアへと武者修行&就活に行った時に、
お師匠様となった人です。
先週に書いた、モーたん映画では、
一緒に付いて来た父親の機嫌をうかがって、
モーたんが世間受けする曲ばかりを書こうとするのを心配して、
「 たとえ、壊れた時計でも、一日に2回は時間が合うものだ。
だから、世の中に媚びず、世の中が自分に追いついて来る時を待つのだ。 」
― と、諭していたのが、作者の心にずっと残っているのでした…。
〈 次回の更新は、7月3 ( 土 ) ・ 4 ( 日 ) 日の予定。 〉
次回からは、 「 トリストラム・シャンディ 」
愛読者の感想文 Vs. ハリソンさんの感想の感想編となります。