世界は「ゾンビ」だらけ、寄生されれば人間も…
11/28(水) 7:12配信
ナショナル ジオグラフィック日本版
世界は「ゾンビ」だらけ、寄生されれば人間も…
このアリは菌類に感染してゾンビ化すると、巣から出て林に誘導される。菌類はアリの体を破り出て、さらに仲間のアリに胞子をふりかけて「ゾンビ侵攻」を進める。(Photo: Anand Varma, Nat Geo Image Collection)
ヒトさえ凶暴なゾンビに変える寄生体、ヒトに危険なものはウイルス
ゾンビは実在する。いや、自然界はゾンビであふれている、というほうが正確か。菌類はアリの脳を乗っ取り、ハチはゴキブリの体を麻痺させる。いずれも寄生体による宿主のゾンビ化と呼ばれる行為だ。「研究によれば、菌類、バクテリア、蠕虫(ぜんちゅう)、そしてハチの中に、ゾンビ化させる生物がいます」と、先日発売された書籍「Plight of the Living Dead」の著者、マット・サイモン氏は話す。「動物界では、非常に広く見られる現象です」
【動画】カタツムリを「ゾンビ化」する寄生虫ロイコクロリディウム
映画でよく見るゾンビの元となった狂犬病の症状、恐ろしい操作によって寄生する生物がどんな得をしているのか、米サンフランシスコのサイモン氏の自宅できいた。
◇ ◇ ◇
――自然界には、他の生物を乗っ取る生物がたくさんいますね。まずはエメラルドゴキブリバチについて教えてください。
マット・サイモン氏(以下、敬称略):エメラルドゴキブリバチの寄生はとても変わっています。体の大きさは寄生するゴキブリの半分ほどしかありません。メスのゴキブリバチはゴキブリに狙いをつけると、前脚の間に毒針を刺します。これでゴキブリの体を麻痺させ、身を守ることができないようにするのです。
次にゴキブリバチは、なす術のなくなったゴキブリの首のあたりから脳へと針を差し込んで毒を注入します。ゴキブリバチの針にはセンサーが備わっていて、ゴキブリの脳内で体の動作を司る2つの部分を正確にとらえることができます。そして毒を、この箇所に注入します。
ゴキブリバチが毒針を抜くと、当初ゴキブリは何事もなかったかのように振る舞いますが、身繕いに勤しみ、その場からは動きません。この間にゴキブリバチは巣穴になりそうな場所を見つけます。ゴキブリのところに戻って来ると、今度はゴキブリの触角を噛みちぎります。その後、ゴキブリの体液を吸います。これは、毒針で失われたエネルギーを回復するためと考えられています。最後は、ゴキブリの触角の根元をつかみ、ゴキブリを巣穴へ引きずり込むのです。
ただ、どちらかと言えば、引きずり込むというより、誘導すると言ったほうが正確ですね。本来、ゴキブリは飛ぶなり走るなりして、ハチから逃げられるはずなのです。実際、毒針で脳を刺された後のゴキブリを水に入れると、我に返ったようにそれまでの状態から抜け出し、その場を走り去ることがわかっています。つまり針を刺されたゴキブリは、自らゴキブリバチの巣に向かうようなのものです。
ゴキブリを巣穴へ引きずり込んだ後が本番です。まず、ゴキブリバチはゴキブリの脚の中に1個の卵を産み付けます。卵はやがて孵化して幼虫が誕生し、ゴキブリの体液を吸い出します。完全に吸い尽くすと、今度は空洞になったゴキブリの体の中に入り込んで、ゴキブリの生存にとって最も重要である中枢神経系や心臓といった内臓を食べます。それが終わると、ゴキブリの体内で繭をつくり、やがて成虫となって出てきます。これが、哀れなゴキブリのとても複雑な寄生のされ方なのです。
――ゾンビ化させる生物としては他にも、タイワンアリタケがありますね。その奇妙な生態について教えてください。
サイモン:タイワンアリタケは、アリを襲う菌類です。タイワンアリタケには数種あり、それぞれが別種のアリ(1種のみ)を襲うことがわかっています。初めに、胞子として木から落ち、アリの表皮、つまり外骨格表面に付着します。その後、菌は表皮を溶かす酵素を出してアリの体内に入り込みます。ここまで来ると、もうアリはおしまいです。菌はアリの体内で増殖して広がり、体重の半分を占めるまでになります。考えてみるとすごいですよね。
とはいえ、アリは自分たちのなわばりや巣に入り込んだ侵入者を嗅ぎつけるのが得意です。もしも仲間がおかしな行動をとっていたら、捕まえて巣の外の「墓場」へ連れて行ってしまいます。タイワンアリタケは、アリにあまり変な行動をとらせないようにして、巣を出るよう誘導するまでは気づかれないようにしないといけません。また、脳そのものを支配するのではないらしく、脳の周りにフィルム状のものを生成して、アリが巣を去るように指令する化学物質を放出すると見られています。
もっとすごいのは、増殖する間、タイワンアリタケはアリの筋肉を侵して筋繊維を裂き、神経系を切断してしまっていると考えられることです。アリには動いてもらわないといけないのですから、これは一見、理に適っていません。まだ予備的な研究ですが、タイワンアリタケはアリの中に自分自身の中枢神経系を作り上げているのではないかとも考えられています。アリの神経伝達物質に似た化学物質を放出し、文字通り操り人形のように、アリをコントロールして森の中の特定の場所に来させるのです。
この流れは、どのタイワンアリタケでも同じです。タイワンアリタケは、昼にアリが巣を出るよう誘導し、地面から25センチメートルほどの高さの葉に乗るよう仕向けます。その後アリに葉脈を噛ませ、タイワンアリタケが成長するのにちょうどよい場所をつくらせると、アリを殺し、子実体として後頭部から出てきて、胞子を下に降らせます。さらに驚くべきことに、アリを誘導した場所は、ちょうど仲間のアリの通り道の真上という完璧さです。
――他の生物に入り込み、体を乗っ取る寄生虫はどうですか? どうやったらそんなことができるのか、また、彼らが出会う危険について教えてください。
サイモン:いわゆる寄生虫――蠕虫(ぜんちゅう)ですね。彼らは複雑な生活環を持っていて面白いです。たとえば、淡水にすむヨコエビという甲殻類に寄生する蠕虫は、ヨコエビの体内にとどまらず、最終的には魚か鳥の腹の中に移らないと生活環が完了しません。ここで、悪魔的に精密な操作術が発揮されます。寄生虫の種類で、鳥に入りたいのか魚に入りたいのかは違うのですが、それぞれの寄生虫がヨコエビに指令を出します。
もう少し詳しく説明しましょう。鳥に移りたい寄生虫は、ヨコエビに入った後、水面近くにヨコエビを誘導します。これで鳥に食べられやすくなり、目的外の魚には食べられにくくなります。反対に魚に移りたい寄生虫は、ヨコエビを水底近くに誘導します。
こんな風に、彼らは複雑な生活環を進化させています。実際、とても賢い生き方だと言えます。
――寄生虫やハチから少し離れて、映画に見られる、ポップカルチャーにおけるゾンビについて教えてください。
サイモン:ゾンビ映画には死者が蘇るだけでなく、ウイルスによって人が凶暴化する作品もありますね。このゾンビは、狂犬病の症状から発想されたようです。ウイルスは寄生生物とは認識されていないかもしれませんが、狂犬病ウイルスは、宿主をマインドコントロールしてしまう寄生ウイルスです。本来はヒトではなく、他の哺乳類をターゲットとして進化してきました。しかし、私たちヒトも哺乳類であり、アライグマやオポッサムなどと似た脳を持っていますから、感染してしまうのです。
狂犬病を発症した人の映像がありますが、見るのはつらいものがあります。泡を吹くという症状がよく知られていますが、症状が出始めたときにはもう手遅れで、死は避けられません。発症前にワクチンを打てば、死を免れることができます。でも、症状が出始めてしまうと、生存率はほぼゼロです。
ポップカルチャーで描かれるゾンビは、狂犬病を発症した人に似ています。でも、実際のウイルスの振る舞いはさらに複雑です。狂犬病ウイルスが生活環を完了させるアライグマでウイルスがやるのは、ほかの宿主に移るためウイルスだらけの唾液を泡として吹かせるだけではありません。宿主を操作して、より攻撃的な行動に振り向けます。宿主が他の動物に噛みつけば、ウイルスは新しい体に入り込めますから。
まだあります。ウイルスは宿主に水を避けさせるだけでなく、水を怖がらせます。おそらく、ウイルスを口から洗い流してしまわないよう、操作するのでしょう。そうした状態にある人の映像も見たことがありますが、看護師に水を差し出されるだけで、恐怖で後ずさりしていました。ウイルスは、宿主が水を目にしただけでひるむような操作までするのです。狂犬病は恐ろしい病気ですが、私たちがよく知るゾンビ映画に影響を与えたことは確かでしょうね。
――ここまでは、寄生の恐ろしい結末について伺いました。ところで、北米のスペリオル湖にある、米ミシガン州のアイル・ロイヤル島では、エキノコックスという寄生虫がオオカミたちの食事を助けることでオオカミに寄生するとききました。どういうことか教えていただけますか。
サイモン:エキノコックスの行動の操作は、とても面白いものです。エキノコックスは、脳を直接操るのではないのです。エキノコックスがヘラジカの体内に入ると、肺に移動して、ゴルフボールほどもある、大きな嚢腫をつくります。これでヘラジカは、呼吸が困難になります。
この島のオオカミとヘラジカは、言わば一緒に島に閉じ込められているようなもので、生態系の中で互いに大きく影響し合っています。エキノコックスに感染したヘラジカは、動きが遅くなり、衰弱して身を守ることが難しくなります。結果的に、オオカミに捕食されやすくなり、エキノコックスはオオカミに移ります。巧みなものですね。
――ダーウィンは1860年に「慈悲深く全能である神が、ヒメバチ(寄生バチ)を創造されたとは、私にはどうしても思われない」と記しています。あなたの本を読んでから、私も同じ思いになっています。ゾンビだらけの世界に神の居場所はあるのでしょうか? そして寄生体の存在は、私たちに何を示唆しているのでしょうか?
サイモン:アハハ[笑い声]。私は元々無神論者ですが、この本を書いたことで、ますますそう思うようになりました。寄生生物による操作は、宿主にとってあまりにも恐ろしく、痛ましいものばかりです。このことは、種に対するこれまでの見方を変えなくてはならないことを意味していると思います。
寄生生物がどのくらい自然界に広く分布しているのか、まだ解明できていません。私たちヒトも、例外とは言えません。私たちは、どれくらい自分で自分の脳をコントロールしているのでしょう? あるいは、望まずしてですが、寄生生物たちに操られている可能性もないとは言えませんよ。
(マット・サイモン氏へのインタビューをもとに構成)
文= Simon Worrall/訳=桜木敬子