
降ったり、止んだり30/27℃
甲子園球場の高校野球の近畿勢はどうにか大阪桐蔭校と今日の第一試合で近江高校が1回戦に勝ち残ったが、東北の奥羽勢(宮城・山形・福島・岩手)も好調で5校が1回戦を突破し、今日の第4試合で初出場の秋田「角館高校」と鳥取「八頭高校」の対戦は1回の攻防で角館が1点を先制し雨で悪条件グランドで熱戦が続いている。
一心寺の国道25号号線を渡り、IR天王寺へ向かうと一心寺から10分ほどで「四天王寺」西門前に着く、四天王寺へは大きな石の鳥居があり寺なのに鳥居とはと思ったが近畿でよくある神仏習合のものかと思う。仏教界でのお盆は、8月13日~15日に各家のお佛壇にお里帰りされるご先祖の諸霊の「タマ祭り」であるとされ、種々の「お迎え」行事が行われるとある。 鳥居を抜けると祭り同様に屋台店がズラリ並んでいるがお盆のお寺に屋台店とは我輩には初めての光景である。
四天王寺境内図
四天王寺は日本仏教の祖とされる「聖徳太子建立の寺」であり、境内の総面積3万3千坪(約11万㎡)で甲子園球場の三倍の広さを有するとある。
(回廊の前は万燈供養の蝋燭燭台で夜に1万本の蝋燭に火が点ぼされる。)
伽藍は「四天王寺式伽藍配置」 といわれ、南から北へ向かって中門、五重塔、金堂、講堂が一直線に並び、それを回廊が囲んでいます。日本では最も古い建築様式の一つだとネットにある。 回廊を一回りしたが中央の講堂に入ると薄暗く涼しく、本尊の大きな阿弥陀如来、十一面観音仏像があったが撮影禁止となっていた。
回廊を出て亀の池へ出るとコンピューター占いなどの屋台店があり六時堂、石舞台付近も家族連れで賑やかで石舞台や六時礼讃堂は国の重要文化財となっている。
「万燈供養」8月12日(火)夜は、四天王寺の石舞台(亀の池)にて盆踊り大会があり河内音頭の継承者、菊水丸氏の新曲「聖徳太子御一代記」にのせて盆踊がありましたと近くにいた住職が話してくれた。 関西のお盆は各地で賑やかな「河内音頭」の盆踊りがあるが今年は雨が多く思わしくないようだ。
隣にもう一つ円形の亀の池があり、亀が甲羅干しをしている。 昔、ここを訪れたとき岩で甲羅干しをしていたようにおもう。 池を眺めていると時々“ゴーン”と響きのよい鐘楼の鐘の音が響き、郷愁感をおぼえる。 四天王寺は都会のオアシスと云われており、境内は広く「五智光院」や「極楽浄土庭」は有料だが一昨年拝観したので西の休憩所でアイスコーヒーと四天王寺名物「釣鐘まんじゅう」を食べ休憩し、寺を出て門前商店街で「釣鐘まんじゅう」を買い天王寺駅へ歩いた。 今日は近畿のご先祖がお帰りになる日で今夜、京都へ行っていただき「京、五山の火送り」でお帰りなるが京都は大雨だそうだが、灯が点るだろうか。 神戸メリケンパークでは関西最大級の「海の盆踊り大会」で、ご先祖の送りイベントがあるが雨で中止となり17日に順延となった。
ドーム球場でやればいいと思いますが、きっと頭の固い連中ばかりなのでしょうね。
選手の坊主頭を見ればわかります。
堺で河内音頭の盆踊りを見ました。河内だけでなく、関西一円でやっているとは知りませんでした。
お盆にご先祖の御霊が帰るとは誰も信じていないでしょう。
仏教の世界ではお盆に家族一同に集まり先祖を敬い、絆を深めるのです。
国の定める休日でも無いのに習慣的な休日としています。
高校球児も「大阪ドーム球場」で日程消化のためゲームをやったらメモリーは薄れて忘れ去られるでしょー。
甲子園でのゲームは坊主頭で「雨中のゲーム」だったと、長い人生の追憶となるのです。
大会主催者、若い選手は頭の「固い人」ではないのです。
過去の追憶にばかりを重視する人も困るのですが
それにしましても、よーく撮られましたですね
何時かきっと、御参りしたいと、思いました。
この所雨が多く
孫も16日の花火大会が中止になり、残念がって居ました、
コメント
四天王寺は30年ほど前に訪れ、ゆったりで静かで大好きな寺です。(この寺も宗派に関係なく永代供養が出来るようです。)
6世紀に聖徳太子が玉造に創建したそうで難波宮遷都で政治・交易の中心地と推測されていますが、幾多の落雷、信長の石山本願寺攻めで焼失し、大阪大空襲で焼かれ四天王寺昭和38年に鉄筋コンクリートで再建されたそうです。
を5個位吊るして、御霊の送り、迎えをしたものです。
今はやっていないようです。
教科書にもでてきた聖徳太子が建立した七寺の一つで大阪空襲で焼失しましたが再建され立派な寺院でした。
宗派に関わりのないのんびーりの感覚。
参道にお盆に屋台店でお祭り同様です。
先祖を迎えて飲み食い、唄い、盆踊りで盆祭りでこれが、ホンマの盆ですたい。
(ハ ヨイヨイ ヨイヤサ)
「花は霧島 煙草は国分 (ハ ヨイヨイ ヨイヤサ)
燃えて上がるは オハラハー 桜島」 (ハ ヨイヨイ ヨイヤサ)