
時々
29/26℃
先祖の霊を送る、京の伝統行事「五山の火送り」雨を心配しながら「来年またお帰りやす」と市中の大勢の見物客に見送られた。 前線の影響で天候不順だが甲子園は2回戦の沖縄尚学-作新学園の熱戦が開始された。
四天王寺を出て天王寺駅前のの天王寺公園の広場の休憩所近辺は何時も将棋好きのお爺さん達が数組いるのだが当日はその姿は見えなかった。ベンチも空いていたので休憩すると大阪城を模した建物がそびえている。 近くのお爺さんに「あの建物は?」、「最近オープンしたラブホテルや、あの付近にはラブホテルがぎょうさんタムロしてまっせ」と云った。 休憩していると「通天閣近道」の看板があり、大阪動物公園の上を通る遊歩道で10~15分通天閣の「新世界」へ行けるそうで遊歩道を歩いた。
遊歩道に入ると左手に綺麗な庭園がフェンス越しみえる「天王子公園」で第5回内国勧業博覧会の跡地にの公園で有料だそうだ。遊歩道に入るとすぐ通天閣が見えた。
15分ほど歩く、となだらかならせん状のスロープを下りると天王寺動物園入り口で道路を挟んで目の前が「新天地」の繁華街だ。
どっちを向いても、串カツ、たこ焼き、お好み焼き・・・・「食い倒れの大阪」の感じがする。庶民的な繁華街として親しまれてきた新世界だが、ターミナル駅に恵まれなかったこと、観光の多様化などに伴い、衰退していた。 大阪へ転勤した時「昼の通天閣見物はいいが夜は大阪に慣れ手からにしなはれ。」と云われたが通天閣を見たくて休日に通天閣へ上がった。 かつての新世界は、東京の上野浅草・新宿などと、その独特の雰囲気で人々を惹きつけ、一方であいりん地区や飛田新地に隣接し、一般人はおいそれと立ち入り難い側面もあったようだ。
現在は画像のように環境整備され霧で、若者や家族連れで賑やかだ。 14時近くに串カツを食べたいのだが、どこの串カツ屋も混雑している。
串カツ屋の前に立っていた呼び込みのおねいちゃん、2名席、OKと云われて入ったがお盆と夏休みで家族連れが多い。 家内は串カツが初めてで美味しいといってメニューみて追加注文した。
遅い昼食をすませて外へ出るとまだ賑やかで人力車のサービス(有料)もあり温泉施設もあり楽しい街のようだ。日本全国街の姿が甦っている。 フグ料理も安い。 難波、心斎橋、日本橋商店あるいは天王寺、阿倍野からでもほど近い。 何時になるか分からないが天王寺動物園へ我輩だけが入園したことがなので動物園の帰りは安くて美味しい新世界の街へ来ることになるだろう。(まだ珍しい穴場があるはずだ。) 地下鉄の役は通天閣商店街を抜けるとすぐで歩行計を見ると13000歩ほど示して、家には17時過ぎに帰宅した。
串カツ、美味しそうですね。一度大阪で食べてみたいとは思っていますが、いつになるか?
ソースの2度浸けダメだけは知っています。
コメント
昔の産業博覧会後の新天地界隈は健全な繁華街だったようです。
戦後は浮浪者の溜り場、的屋(テキヤ)や暴力団の立ち入りで小説や漫画などの題材となりスラム化しました。
今はホームレスの姿もなく街も綺麗で婦女子も気楽に楽しめる「食い倒れの街」です。
「ソースの二度付け」話題となりましたが、衛生管理上の問題で串カツを注文すると個別にソース・ケースが付いてきます。(どの店もそうだと思います。)
つまり、ソースの共同付けは文化国家には似合いませんよね
写真からは、健全な感じがします。
レジャーホテル、大阪らしいですね。都島の方はどうなっているのでしょうか。
コメント
戦前生まれの人は戦後の荒廃した都会の駅や歓楽街へ行くのは「恐ろしい、怖い」の思いで、若い頃複数人数で「観たさ怖さ」の思いで行ったものです。
現代の若い人はそれを知りません。串カツを食べに30年ぶり行きましたが綺麗な大衆レストラン風に模様変えされ家族連れやカップルが大勢串カツや焼き肉を食べていました。
家内は串カツ食べ「美味しかった。
新世界界隈は天王寺動物園、大阪市立美術館、今宮戎神社が隣接しており賑やかな町だったそうですが、近くに「あいりん地区」がありますが、昼間の酔ぱらいや
そういえば最近神戸、大阪や京都の駅周辺や公園でホームレスの姿は全く姿を見かけませんが東京もそうでしょうか?)
また、NPOの調査では、4割くらいのホームレスが襲撃を受けた経験があるそうです。
おちおち眠ってられませんね。