ペタンク爺さん

ペタンクで遊ぼうよ!で20年

スロースロークイックに挑戦

2011年11月30日 19時44分20秒 | ペタンク爺さんの一日
今から15年も前になると思うが、子離れで夫婦二人になる機会も多くなっていた、二人で取り組んでいたのは無論ペタンクだが、これは私が好きで始めたもので亭主の好きな赤い帽子と意に合わなかったかと思っているが、女房はついてきてくれていた、そのころ映画で役所広司さん主演のShall weダンスと云う映画が製作されていたと思う、社交ダンスの世界をコミカルに描いていて、強烈な印象で残った、そのせいもあったと思うが二人でダンスも楽しいと密かに考えていて、女房にうちわけ山鼻にあったダンス教室に出かけた、強烈だったのはたった一日で挫折し、それっきりダンスのダも出ないで終わっていた。

女房に先立たれ、もう三年は過ぎてしまっていた夏の間は暇がないほど動き回っているので、いいのだが例年冬場は「きたえ~る」のウエートトレーニングに通い続けてきたが、一人でただ黙々と熟す各種目に、気力の限界を感じ続きそうもなくなっていた。

冬の間の体力維持のため、楽しみながら出来る運動はと考えていた末に、テレビでも宣伝している長生きの秘訣に社交ダンスも含まれているとの情報を得て、昔一度挑戦し失敗した社交ダンスに挑戦をすることを思いつき、10月の末自宅から少し離れた新さっぽろの北沢ダンス教室の門を叩いた、正味30分にも満たないレッスン時間で週2回ほど、とうとうひと月を越してしまっていた、三日坊主で終わることを一番心配していたが、どうやら最初の難関を突破したと思った。
そこで、12月からは週1回のサークルに籍を置くことにして入会金及び月会費3,000円を収めてきていた。
此処のサークルは、北沢ダンス教室の先生たちがレッスンに出向いている。
教室にも、しばらくは顔を出す事にしている。

珍しい、映画のポスターを見つけネットから拝借する。

北沢ダンス教室のhpの中から
教室の二階へ

あす明後日から12月

2011年11月29日 15時35分08秒 | ペタンク爺さんの一日
一向に寒気団が到来しない間に、明後日から12月に入る半ばころ車検があり序にスノータイヤに履き替えてしまっている、別段慌てることもないのだが周りの気配に左右されてしまうのは致し方ないことと思っている。
ベランダ全体にビニールを張りつめた性で、なんとなく部屋の中まで暖かく感じてくる、居間にあった鉢植えやら、夏の間楽しませてくれた吊り鉢植えも全部が枯れず残ってしまい、寂しくなった苗後に葉物の植物を買い足し鉢を整えた、寒さが厳しくなってくるが元気に枯れずに春まで生きていてくれと丁寧に扱った。

外は雪が降り続いているが、ハウスの中は別世界と云うことを願っている。
最悪には、ベランダの中に小さな練炭でも入れて寒さをしのごうかと今からそんなことを考えている。
2月も半ばになると、太陽の暖かさも一段と強くなる、来春はお花の苗作りにハウスを利用し種まきを計画している、札幌でも5月にならなければ苗を花壇に移植出来ない、その間ハウスの中は一足早い春を迎えていると想像するだけで楽しくなってくる。

ホーマックの帰り、八紘学園に立ち寄る、雪が降っても地熱が高いので根雪にはならない、牧草地もまだ緑を残し晩秋の気配を白樺林に影を映していた、ただ風が冷たく散歩する人影は滅多にいなかった、一番奥のジンギスカンのお店も人影もなく、店の開閉は判らなかった。
夏の間は、こちらのルートから出入りする人も多いが、冬の間は店の表側の道路から出入りしていると思う、暖炉で温まりながらビールにジンギスカン、北海道の郷土料理は冬も楽しくなる。

さて、昨年までsoleilで12月から翌年の3月まで、月二回ほど日曜日の一日借り切って使わしてもらっていた、駒岡地区会館のゲートボールコートが、会館が取り壊しになるらしく、今年からお借りできないことになってしまった。
平日の、日中ならツインキャップを利用できるのだが、学生や現役の人達も沢山いて、日曜祭日以外練習時間は持てない。
明日から12月とりあえず、12月のツインキャップのペタンク日程を見て、8日、15日、20日のpmを練習日に決め、参加できる人達だけでもと、私が先導することにして、代表の中村氏に伝えた。

もう何年にもなるが、冬期間は良くツインキャップに通い詰めていたことを思いだしています。

晩秋漂う白樺林



玄米党に心変わり

2011年11月28日 16時53分04秒 | ペタンク爺さんの一日
新しい事への挑戦、過去の歴史で戦国時代の終焉とともに、百年一日がことく延々と過去の慣習を踏襲する徳川政権が続いた、その間300年間鎖国をし外国との交流を遮断してきた、その政策も永遠に続くことは無く、外圧で体制は崩壊し圧倒的な西洋文化が流れ込んできた、その西洋文化を貪欲に吸収し近代国家の形成を作ったが、明治以降の日本は、偏った歩きになり世界大戦を経験する。
戦後、上から与えられた民主主義が日本人の人間形成に、大きなウエートを占めることになってゆきました。

今は、インターネット網で世界中のニュースが流れるようになっていて、国の支配層がコントロールしよう思っても、それから漏れ出る情報もあり、まかり間違えば自分が支配している国から亡命しなければならなくなることもある。
云い方が悪いが、王様と乞食と泥棒の砂漠の国々、その国民も世界の国々の様子も判りだし教育が普及することで、自分たちの主張もするようになって来ている。

結局、どんな教育を受け身に着けるかで人間如何様にも変わるようにも思う、それゆえ教育が大変大事だことに帰する。

我が家の食生活も、お米を食べるのは夕食の一日1回だけになっている、近頃は10キロ入り袋が支流を占めているが、しばらくは新潟、茨城、秋田、福島、宮城など東日本産のお米が殆どでした、何年か前から北海道でも美味しいお米が出来るようになったと、道産米が支流を占めていたが、3月11日を境にその辺のお米は自然に敬遠している。

つい最近は、玄米を買ってその場で白米にして買ってきだし、それが最も新しいお米の買い方になって来てしまった、量はせいぜい2キロで、それだけならそんなに長持ちもしないので、お米屋さんに通うことも増えてきました、今のところ様々な名前のお米を買って食べ、味比べも楽しみの一つにしている。

これまでに、数回雪が降り積もったが、雪にも負けずにけんめ咲いている花を見ていじらしさを感じた。

いじらしい花たち





仮設温室見事に完成

2011年11月27日 15時08分21秒 | ペタンク爺さんの一日
昨日は、作業が終わったのは真っ暗になった午後5時を過ぎていた、よほど疲れていたのか10時ころには寝ていた、朝食を終えていよいよ棟上げならずハウスの組み立てを始めたのは午前9時を時計が差していた、昨日作ったビニール張りの板をベランダの手すりに添って並べて建てて行くだけなのだが、墨付けが間違っていなかったので、ほぼスムーズに仕事は進んで行った、あともう一息の所でお昼になり、今日は冷凍うどんでぶっかけうどんを作ってもらう、二人分て100円であがる。

昼休みも省略し、最後の仕上げにかかる、昨日と違って早々と終わりそうな気配、全長7m50cm、幅80cmの仕切られた空間が出来上がると、まず感じたことは居間がぼや~と暖かく感じられてきたことと、ベランダの中の広さがすごく広く感じられた。
計算すると4畳半の部屋が増えた計算になる。

外に出しっぱなしのベンチとテーブルもハウスの中にセットする、居間の中で大きなスペースを占領していた鉢植えのファッションフルーツも移動し、雪見酒の席や喫煙コーナーにもなったと思った。
今回の工事で買った材料は、ほぼ全部使い切った、残っていた投げられなかった看板類も、サイドの壁に利用し投げないでいて良かったと、再利用出来たことが嬉しかった。

結局、全部掃除まで済ませて午後1時には出来上がっていた、昨日からの疲労回復にと町内の銭湯、月見湯に開店と同時に出かける、スチームサウナで充分汗を流し、露天風呂でゆっくりくつろいで来る。
雨のせいか銭湯は空いていた、我が家にもうち風呂はあるが、数年利用したことは無いすっかり月見湯党に成りきっているようだ。

出来上がった温室は、真冬でも日中太陽が顔を出すと、ぽかぽか陽気で時々春が訪れる、そんなことを想像し今から楽しみに待ち望んでいる。

組み立て作業


外から見て



今日は建前明日は棟上げ

2011年11月26日 18時02分13秒 | ペタンク爺さんの一日
昨日までのプランニングでは、2時間ほどで簡単に出来上がり、ひょっとすると建前が出来、明日の日曜日は昼頃には完成している計算をしていた。
大げさな言い方だが、ベランダを簡易温室にするプランで、数日かけて色々と思案し思い切って、今日の土曜と明日の日曜日までに完成させると張り切って始まった。
前もって下見してきているホーマックのユーザーの為の無料作業室を借りての大工仕事で、計算された必要なもの買って、作業場まで持ち込んでもらって始まった、様々な工具が殆ど揃っていて、自宅からは消耗品やら特殊工具だけ持ち込んだけで間に合ってしまう、本当に便利に使わせてもらう空間が用意していて、つい最近始まったばかりと担当者は話していた。

暫く大工仕事から、遠ざかっていたので作業消化時間の感覚か全く狂っていたと後で気が付いた、午前10時から作業室は遠藤家の貸し切りになった作るものが、2.2m×1.3mの大きさのものを6枚、それにビニールを貼り付ける作業で木部の所だけでお昼になってしまった、近くの釜揚げうどんのを食べ午後1時すぎにはビニール張りが始まる、少し手違いがあったが終わったのは午後4時半になっていた、最初は自家用車の屋根の上に毛布でも巻きつけて縛って帰るつもりでいたが、完成してみるとあまりのかさ大きさに、自家用車での運搬を断念し、ホーマックの無料貸し出しトラックを借りてしまった。

ホーマックにに通い出してから、初めて有り難いお客様サービスを利用させてもらった、つくづく有り難い仕組みに、ますますホーマックとは縁が切れることは無いと感じた。
借りた車を返却し、自宅にもどったのはもう午後6時近くで、辺りはもうとっぷりと夜のとばりが降りていた。
今日の大工の手小は妹で、本当に助かっている、明日は棟上げならず、昼頃までには出来上がっていたいと、今は希望を持つだけにとどめている。

完成後を、今から楽しみにしている。

作業室
ベランダ下まで持ち込む

今夜は洋食でした

2011年11月25日 17時20分14秒 | ペタンク爺さんの一日
妻が先立と同時に同居をしてくれている妹、初めは短期間のつもりが、妻の代わりに私のサポートをしてくれている、妹を見るとき戦国時代の竹中半兵衛の妹と明治時代になってからの正岡子規の妹の律をすぐ思い出している、どちらも兄が病弱で懸命に兄のサポートをしていた姿が歴史上にも残っている、本当に大和撫子の標本とも言ってもいい姿だと思っている。

そんなところとは比較はできないが、私と8歳違いの妹は大勢いた妹の中で波長が合う兄妹の中で、一緒に住んでいてもリラックス出来る空間をかもしだしている。
生きている中で、食生活が本流を占めているが、毎日豪華なデナー料理ばかりでは多分飽きてしまうと思う、平凡な毎日の食生活で時たまご馳走を食べることで喜びも生まれると思う、妹も決して恵まれた過去を持っていない、女性は嫁ぎ先の家風に染まらなければならない、苦労の連続で夫にも先立たれていた、二人いる娘とも、どうもしっくりいっていないようで。
彼女の性格にも、多分原因があるのかなと、兄の私は感じている。
持って生まれたもの、生活環境でできてきたものもあると、生きている時間と空間にもあるのではないかと、私の感じ方です。

長いこと、病院の入院患者の食事の賄をやって来ていた妹、塩分控えめの食事にカロリー計算しての毎日の食事の支度、すっかり身についていた、最初は味が薄い料理も近頃は可なり塩分も増えて、濃い刺激のある料理も出てくるようになっている。
多分、だんだん遠藤のおふくろの味に戻ってきていると思う。
味の基本は、母親の味が生涯の消えることは無いと思うこの頃です。

食卓の端には、シクラメン、クリスマスロース、トルコ桔梗のミニ鉢植えが、楽しい食事環境をサポートしてくれている。
今日の夕食は、ハンバークでご飯の前に梅酒を嗜んでいます。
ほんの一口なので、一向にお酒は強くなれません。

お寺から、24暦が届く、最近はめっきり影が薄くなって来ている暦です。

ミニ鉢植え
暦が届く


北海道地物のさつまいも

2011年11月24日 15時40分32秒 | ペタンク爺さんの一日
深夜雷の音で眠りから起こされた、すごく近くに落ちたのではないかとおもうくらいだった、つい先日も先輩の竹内氏宅の軒先に雷が落ちて大騒ぎをしていた、真昼だったのでまだいい方だったと思う。
朝起きると、そんなことは全く忘れ去られていた、少しあった雪もほとんど解けて消えていた、風もなく穏やかな日に変っていたが、予報では今夜から風雪が強まるとのことだった、此れでは近郊のスキー場も空を見上げて嘆いているのかと、ふとそんな思いにかられた。
今日もお昼近くの習い事、を終え280円の釜揚げうどんで昼飯を終えた、今朝になり思いついたベランダをビニールで囲ってしまい温室紛いを作ろうと、ホーマックに立ち寄り材料の下見と予算を計算していた。

もう数年にもなるが、矢張り一度ハウスらいしものを作って一冬過ごしたことがあった、部屋の中がすこぶる暖かくなる事が良くわかっていた、ただ材木が主体でビニールを張る方法なので、大工の仕事が出てくる。
簡単に言うと、2メーター×1,3メーターの木枠にビニールを張り、ベランダの手すりを利用してただ並べてゆくだけなのだが、材料を買って自宅の裏庭で作るとなると、もう少し寒い。
それなら、ホーマックの作業場を借りて組み立ててしまえばと、・・・ところがこんな大きくなると私の車では運んでこれなくなる、屋根にスキーハンガーも付いていないので、ホーマックの貸し出しトラックを利用させてもらったらと、こんなところに落ち着きました。
それにしても、費用は7,000円ほど掛かるが、これが完成することで部屋の中が暖かくなり、経費分は浮いてくると計算している。
真冬でも、日中陽が当たれば日向ぼっこも出来る環境になる、そんな風景を想像して作ることに大きく傾いている。

自然食品の売り場の棚に、サッマイモがならんでいたこんなところまで来たサッマイモは何処の産かと札を見ると、地物と書いてあった、あれ北海道でもサッマイモが採れる時代になったのかと、産地を見ると新篠津で値段が一袋100円台、・・・おどろいて二袋買い込んで来る、早速おやつの焼き芋をダッチオーブンで焼く、・・・・見た目には最高の焼き芋が出来上がった。

・・・・残念ながら、食べてみて判ったのが実が柔らかく、甘みがない。・・・値段相応と納得する。
いものネーミングは、紅はるか・・・・


勉強も半ばに差し掛かる

2011年11月23日 16時35分37秒 | ペタンク爺さんの一日
11月の初めから始まった、特別講座ホームページビルダー15をテキストに計10回の教室も昨日で五回を越えた、この後あと5回は残っているが、ここまで来ると私の作ってきたホームページが如何にメチャクチャでやって来ていたのが良く判り、本当に恥ずかしい思いをしている、今出来ているものを直しながら整えることもいいが、今回の勉強の始まる前から、全く新しく作り直して、一気に更新できればと、大事な所だけは一生懸命頭の中に叩き込んでいるが、少し時間が経っての記憶力がと今から心配しているが、やってみなければ何とも分からないのが本音だが、勉強前から状態とは多分違っていると、少し高をくくっている。

何時もは、この頃「きたえ~る」のトレーニングセンターに通っている時期だが今年は、楽しく体力付と均衡バランスを身に付ける事を教室に通ってやっている、最初は三日坊主で終わらなければいいと思っていたが、週2回ほどだがひと月近く続いているので、これは身に付くかなと密かに、感じているところがある、まだまだ安心できる状態てないので年が明けてもまだ続いていたら、この教室もオープンにしようと思っている。

12月入りを前にして、喪中に付きのはがきが届いている、少し昔と違って年賀はがきを出す習慣がだんだん少なくなって来ている、現役時代からも可也の時間が、それに同年代や先輩たちは一足先に旅経っている人も結構増えてきた、その中にあって毎年欠かさず年賀のご挨拶をしてくれている、当団地の住人であった先輩の佐々木フサエさん、今は息子さんの住んでいる群馬の前橋に移ってから5年ほど経っているが今年は早々と喪中につきのはがきが届く、よく見ると彼女の年齢が92歳になっていて、弟が先に旅経ったと云っているがその弟さんも91歳とのこと、どちらが先かは、もうこの年代では仕方がないこと。

先輩の佐々木フサエとは、ペタンクとパークゴルフとで遊び仲間でした、二歳違いの姉と私の家の隣に住んでいて、小学生を対象としたジュニアペタンク大会に大きなカップと賞金を寄贈してくれていました、この大会も三年ほど続いていました。
懐かしい、便りでした、札幌を離れるとき団地の玄関前で亡妻と三人で写した写真をアップしました。




簡単料理は私の受け持ち

2011年11月22日 17時53分54秒 | ペタンク爺さんの一日
私の出来る料理の中で、さほど準備もなくても出来てしまうダッチオーブン料理、最近はもっぱら野菜が中心に、肉は鶏肉が多い、量的に肉の塊が小さいので選ぶ基準にもなっているが、どちらかというと肉でお腹を膨らましてしまうと、消化する能力が低下しているので主役が肉から野菜に代わって行くのは、自然の成り行きと思う。
兎に角全て丸焼きなので、うま味が逃げない肉がダシの役目もはたし一緒に焼く野菜がすこぶる美味しく出来上がる、味は塩と胡椒だけ、この簡単な調理方法がずぼらな私にはむいていると思っている。
暫く、木炭を切らしていたので先日買い置きしておいた、昨夜は東光ストアーの魚屋山長の生冷凍サバを買ってきていて、サバの味噌煮を食べている。一匹買ってくると一回では食べきれない。
今夜もサバ味噌ではと、簡単料理になった、火の元は七輪でいつの頃からか今の方法を続けている、それもベランダに多少の空間があり夏はプランタンを置いて花作りを楽しんでいるが、今頃からは時たまやるオーブン料理の会場に変身する。

今日、小雪の降る中ベランダ外の鉢植えを花壇の所々に腰まで埋めて、落ち葉や枯草などを被せ越冬の身支度をしてあげる。
それに、まだ菊の花は終わっていないが雪をかぶり今にも折れそうな菊の束を全部切り倒してしまった。
これ以上は、ビニールハウス形式にすれば、まだまだ楽しめるが自然に、一つの区切りとしてはこの辺が潮時と、いつもの越冬準備になっている。

屋外から、室内に、最後の輝きの白い菊と元気を取り戻したファッションフルーツ、我が家に来てから何年になるかな?・・・・・南国の植物:別名 時計草

簡単料理その1、その2

簡単料理その3と出来上がり

昨日は雨、今日は雪

2011年11月21日 14時58分19秒 | 橇爺(そりじい)モード
久しぶりに、雪の降りしきる中自宅を出る、朝から雪が降り続いているが気温が高いのか降った後から地熱で溶けているようだ、気温はまだマイナスには下がっていない事が判る。
今年は、橇工房も閑散としている前年からの橇の在庫に改良するくらいで、大して弄繰り回す場面がないのが今シーズンの入りになっている、それでも橇の付属品として考え出されたツッカケスキーを、考えた末に今年のモデルが出来上がっている、ネーミングもキックズskiで材料はテント生地で新品をネットで取り寄せた、後はプラスチック板でなるべく柔らかい素材を選んで使っている。
スノーブーツの上から履くので少し大きくなるが、いたって取扱いや持ち運びなど苦にならない存在で、テスト滑走の塩梅が良ければもうあまり改良しなくてもいいのではないかと考えている。
今朝から降った雪も、橇滑りには足りなすぎるがキックズスキーの滑走テストには、何とかなるなと昼食を済ませた後、月寒公園に向かっていた、公園のそり山の横の舗装された歩道をコースにしてテスト滑走を始めた、雪がちらつく公園は滅多に人は通らないので独り舞台だった。
昔、子供の頃の竹スキー滑りを思いだし、コースにて出たが二度三度膝や手をついていたが、直ぐ昔のことを思いだすようになんなく滑れるようになる、もっと雪が深くなれば急斜面でも滑走できると思っている、それにストックを持つと更に安定してくると考えている。
このキックスキーは、単独でも遊べるが橇のかじ取りの機能を持たせて考え出されたもので、橇と組み合わせることで最大の能力を発揮すると確信している。
橇文化の考えが少しでも早く、世の中に認められる日が来ることを願っている。・・・・・冬の間は橇爺さんも兼ねる。



豊平公園緑のセンター

2011年11月20日 15時17分05秒 | ペタンク爺さんの一日
朝から雨が降る日曜日、午前中はパソコンのホームページビルダー15の勉強してきたところの予習をやっていた、少し時間が経ってしまうと多分忘れるところが多くなると自分なりに自覚している。
案の定、ある一か所で前に進すむことが出来なくなった、どうやらそこだけ記憶が欠落していた、十分に時間をかけて記憶を辿り何とか解決できた。
兎に角、新しい知識が入ることにより何処からかはみ出てゆく記憶もあるのかなと疑うことしきりなり。
明日は、少し予習をやってゆくつもりでいる、少しでも楽に勉強が進むためにと。

お昼は、お茶漬けで済まし豊平公園の緑のセンターに出向く、今日まで洋らん展が開催されていた、出展者は一般の人達ばかりだが、なかなか立派な作品が展示されていた。
一年に一回の展示会に、一年かかりで育て上げる苦労が垣間見えてくる、こんな仲間には到底加われる技術は私にはつけられないと、環境の違いに納得している。
22日から、シクラメン展と12月に入ると今年もクリスマス展が続いている、出来ればどちらも見学に来よう思っている。

我が家のクリスマスローズ、八紘学園のゴミの中から拾ってきてものだが、育つかどうか危ぶまれたが今年は立派な葉が茂っている、この状態から見て、展示会は年の暮れかと思っていたら、3月の初めになっていた。
それなら、我が家のクリスマスローズの花も間に合うと、少し嬉しい気持ちになっている。

雨の中の日曜日、狭い駐車場だが可也の車で埋まっている、この雨で近郊のスキー場はオープンを先延ばしにしている、最後の秋を惜しむかのように豊平公園も人影が絶えない。
私も、秋の残りを探し写真に収める、・・・・・もうすぐ真っ白い世界に変わる。


残秋

残秋02

洋らん展

八紘学園農産物直売所も明日まで

2011年11月19日 15時59分24秒 | ペタンク爺さんの一日
春から開店していた、正式名称:学校法人 八紘学園 北海道農業専門学校の農産物直売所が終わってしまう、少し寂しさが残るがこれも致し方ないと諦めているが、真冬の雪のある中では農産物は育たない、ただ乳牛を飼っているのでこれだけは生産は止まることは無いので、この後も牛乳と、これらから出来るチーズなどを土曜、日曜日に限り小さなコーナーで販売している、量は極端に少ないが関係している農家からの農産製品のコーナーもある。
時には真冬の、クロスカントリースキーでの帰りには牛乳を背中に背負って帰ってくることもある。

たまたま、明日までという学園直売所に立ち寄る、もう今年は最後と思い店の中の様子を写真に収めていた、お天気の悪さもあって客足はまばら、寒さのせいで人気のソフトクリームも今日は売れていなかった、無論我らも食べる勇気は無かった。
此処でも、玄米を販売しているが精米所が近くにないので買えないでいるが、道産米の空知管内の峰延の米が入ってきている食べたことはあるが、値段のわりに美味しいと記憶している。
ついこの間から、玄米を買い直ぐ精米してもらって食べ出したら10キロ入りのお米は買えなくなった、一袋買うとひと月以上無くならないのでお米が古くなると、贅沢しているだけで。

生産者には、本当に申し訳ないとは思っています、農業はTPP問題で先行きが全く読めなくなっている現状に、私など心配してもどうにもならないことだが、日進月歩色々なものは進歩発展していっているが、農業だけは千年前とさほど変わっていないのと進歩が遅い、
・・・それでいいのか悪いのかは別問題だが、ゆっくり歩むのもいいことだと私は思うのだが、地球規模で考えると、そんな考えも打ち消されてしまっていると思う。・・・・・色々な考えの人が居るのも事実。

何処に向かっているのか地球号?。・・・・・(一心同体ではないか)

販売コーナー商品です



ペタンク爺さん雪中特訓

2011年11月18日 16時16分49秒 | ペタンク爺さんの一日



ホームページビルダーと云うより、パソコンの基本を含めての特別講座、今日で4回目を数える先生一人の生徒一人での授業なので、何とも逃げ隠れも出来ない、回も重なり少し余裕が出てきたので予習も少し出来るようになって来ていた、お蔭で今日の授業はすむうづに進んだと感じた、今までは復習だけで精一杯だったが、実戦でこなしてきた度胸も加わり先が見えるようになっている。
今作っている、ホームページを良く観察すると酷い作りになっているのが本当に良く判ってくる、授業も半ばに差し掛かっている、まだまだ私の知らないことが出てきて、多分驚くと思っている、習ったことが全部マスター出来ないまでも、今までにない素晴らしいホームページ作りが出来ると密かに思ってはいる。
ビルダー15の、使いやすさと機能があるのに頼もしさを感じている、使いこなすまで今回の講習が終わっても、独学で続いてゆくと思っている。

雪の中の特訓がまた始まった、寒いので長い時間は無理だが、今年も雪穴を掘って続けていると思っている、それはペタンク爺さんの生き甲斐だからです、並行して橇文化今年で4年目、新しい展開がないかと希望を膨らませています。
初滑りは、矢張り12月になると予想しています。

特訓映像小さくアップしました。



白い恋人たちの季節がやってきた

2011年11月17日 15時34分27秒 | ペタンク爺さんの一日
今日一番の大仕事として、スズキスイフト1300の車検搬入で、持ち込んでしまえば何もやることはない、この車に替わってから燃費が悪いだけで後は文句のつけようもない車だった。
同じ車種でも、今の新車はリッタ20キロ以上は走れるように改良したものが出回っている、それに引き替え我が愛車は大飯食いでリッタ10キロくらいしか走らない、せめて円高なのだからもう少しガソリンの値段が下がってもいいと思うのだが、一向に安くならない。新車と入れ替えも出来ず、車検だけ通してと近くの丸善石油に持ち込んでいる、もうかなり前からここを利用しているので、車検代か安いのは承知していた。
それでも、これだけは直さなければ車検が通らないと1万円ほど上積みさせられた、車検後にブレーキシューの交換や、冬タイヤの履き替えと出費が重なりそうだ。
昔みたいに、スキー場通いがなくなっているのでフル装備まではと、たかをくくっている。

朝起きて、車の周りの除雪からまず始まった、いよいよ冬本番がやって来たらしい、気温が高いので重たい雪だった、裏庭の紅葉の葉が残っているうちに周りを雪で囲まれたという感じの風景に、思わずシャッターを切る。

今日も、お昼頃の30分の習い事に車がないので地下鉄を利用する、目的地までは家からこ一時間はかかっていた。
車生活に慣れていると、不自由さが良くわかったように感じられた。

裏で、雪を跳ね除けてペタンクのポァンテの練習をしたが、普通の手袋を履いていたが濡れてしまい、手が冷たくてまもなくやめてしまっていた、少し気温が下がり雪がべたつかない時に、ゴム引き軍手を履いているのが冬期間の雪の中でやる練習には、最も良い方法と過去の実績で確認している、多分こ今年も雪の中でのポアンテ練習は続けると思う。
室内練習所の、駒岡のコートは天井が低くてポァンテ練習が出来ない所で、やむを得ないことかと諦めの境地なり。

2010の子供たちとのそり遊びの風景をアップしました。

紅葉も白い恋人たちの仲間入り


2010月寒公園での手作り橇の試乗会の様子


「月寒の少年」もの語り/その2

2011年11月16日 10時15分38秒 | ペタンク爺さんの一日
札幌にもようやく初雪が来た、史上三番目に遅い初雪になったらしい、昨夜星野哲郎師を偲ぶ会に参加し帰ってきたのは、午後10時に近かった、その時は寒いことには違いなかったがその時点ではまだ雪は降っていなかった、朝起きるとベランダの外に所々雪が残る程度で日が高くなるにつれていつの間にやら消えていた、遠く空沼岳や手稲山の上の方はすっかり雪化粧しているのが見えていた、朝から昨夜撮り貯めてきていた動画の編集にかかった、セブンになってから易しく操作できるソフトが入っていて、本当に助かっている、どうやら短時間で作品らしいものが出来上がる。
昨夜は、写真だけで動画を撮るつもりは無かったのだが、その場の雰囲気で撮ってしまった。
最後は、容量いっぱいになり終わったのだが、全部撮り終えたと思っている。

昼から、二本に分けて編集しYouTubeにアップした。

お昼の前後1時間ほど、週2回習い事を始めている、その日が今日で出かけてくる、そのうち三日坊主で終わらず続いていたらお知らせしようと思っているが、今のところ五分五分くらいかなと頼りない位置に立っている。
帰りしな、釜揚げうどん280円とトッピングでエビ天120円〆て410円が今日の昼飯。
自宅に近くなり、八紘学園校内を通過する。写真を数枚撮る
サイロと空


「月寒の少年」もの語り01


「月寒の少年」もの語り02